無題(13)

網囲ふ中にはまちの泳ぎゐて海の青きを背に移しゆく
洋文字に吾児は対ひて過しゐん若葉そよかぜ風吹く時も
読みし本のイメージが寝て過ぎし日のイメージといろいろ重なり合ふも
次々と浮ぶイメージ霊前にありて亡き母わが内にすむ
跳び込みし蛙の音に足を止め山峡の池木蔭の青し
休みなく蟻の動けりこれの世にあること少なき命をもてば
四、五人の男が散りて集まりて池の堤に田植近づく
友を呼ぶ乙女の声もよみがへり大賀の蓮はうす紅に咲く
帰り来し鳥等のくくみ鳴ける声眠りて明日の命養ふ
溝さらえなしたる水の淀みなし早苗を植うる田を満しゆく
泥泡の車輪にまつはり植うる稲我等の命これに養ふ
南国の激しき日差しまざまざとサボテン真紅の花を開きぬ
南国の豊かな日差しを伝へ来て黄の大輪の花弁の厚し
大輪の黄の弁厚くサボテンははつ夏の庭を制して開く
半袖となりたる腕の新しく若葉を揺らし風流れゆく

鮒の振るひれに幼き日のありて足弱まりし歩みを止む
草を擦り素早く泳ぐ鮒のあり追ひ得ぬ足となりて立ちたり
梅の実のかくや大きくなりて落ち花より後は見ることなかりき
その日その日を生きるだけです新記録問はれしイチロー表情変へず
怯だとなる心が怯だを呼べるとき大和武尊は父を恨みき
老人は帽子のひさし少し下げ真白きシャツに歩み出でたり
花着けし重さに土に着きゐるとわが愛情は斯くの如きか
命まだ白鮮かな雪柳急ぎ散りゆき土に積りたり
行く春の木蔭深まり飛びて来し蝶はひっそり翅をたたみぬ
緑蔭が分ちて冷へたる風のあり歩み来りしほてりを直す
折合へる葉裏の白く風はしり面を上げて山路を歩む
朝シャンに出でゆく娘土のつくもんぺの母が一つ家に住む
整然と並び植へらる田の稲の青さ増しゆき根付きたるらし

魚影と沈む朽木を見究むる瞳こらして山池青し
こめ来る霧の中なる我のあり定かならざる姿に立ちぬ
雨蛙敷居の上にちょこなんと坐れり今日もしとしとと雨
実習をなしゐる男の中学生肩いからせてコーヒー運ぶ
その昔てかもの食ひと言ひたりき老ひ来て室に甘き菓子置く
目が覚めて昨日と同じ日差しあり碁を打ち食べて一日過ぎむか
吊縄をはずせし眼窩の大きくてめざしは海の青き色もつ
窓に置くコップの紅し閉されて室内の闇背後につづく
居らざりし鷺群がりて耕転機耕す後をつきてゆきをり
耕転機耕す後を忽に群る鷺となりてつきゆく
何処より来りし鷺が群がりて耕す機械に競ひつきをり
葉脈が赤さ増し来てその先につけし蒼のふくらみ来る
急激に障子の明り増し来り降りゐし雨は止みたるらしき
目が覚めて先ず小便に起き出でぬ老ひては何なす予定をもたず

小さなる争ひ無数の町抱き播磨山脈稜線青し
夕風は冷えを携へ本を読むほてれる我を訪ねて来る
チョコレートの融けて固まり歪みたる包紙はぎをり暑さの続く
べったりと融けて包紙にひっつきし飴はがしをり炎暑のつづく
朝早き山の舗道を歩みをりむかでの轢死なども見るべく
葉の数の少なくなりて黄変す水を求むる必死の声だ
炎熱をむしゃくしゃ食ひてひまわりは首太く黄の大輪を掲ぐ
青竹は炎熱吸ひて青さ増し冷えもつ風を生みて通はす
炎熱をむさぼり養ふ太き首ひまわりの花に我ふと来る
かぶりたる西瓜が満たす甘き露わかち食ふとき祖はるかなり
人が来れば矢張り逃げをり数?たれしか一羽となりて泳ぎゐし鳩92
澄みとふる山の蔭路あじさいの碧に歩みの運ばれてゆく
菓子にとまる蝿に下せし一撃に菓は砕けて蝿見当らず
クーラー無き暮しに祖等耐へたりき消ししクーラー亦もつけたる

あじさいの咲きたる青に澄みとほり寺の参道木蔭に消ゆる
生と死を分つ微光に昏れてゆき瞳は究めん緊りもちたり
吹く風に若木撓ひて戻りつつありしが夕少し曲れり
二本の手ポケットに入れて千の手に道具を握る仏見てをり
鈴虫の今を限りを鳴くを聞けば灼くる暑さも短き夏ぞ
わが生きる姿尋ねん短歌にて文法論ずる歌会に黙す
水草の垢を小突きて波を立つ営む魚はひたすらにして
幼な日の足のよろこびかへりきて老ひの歩みを運びゆくかな
騒ぎたる風に飛びたる鳥ありて揉まるる羽根に山にかくれぬ
腕の時計刻むはわれの時間にて過ぎてゆきしを大方知らず
繁りゐる葉を押しのけて咲く花は真紅の己が領域つくる
光り透くうすき花びらしげりゐる葉を押しのける力に咲きぬ
亦しても泳げる鮒を眺めをり水と魚とのつきぬかかはり
突張れる足に曳く犬立止まり草むらに臭ふものあるらしき

帰りにも魚居し所に寄りて見ぬ命親しく老ひて来るなり
残るものを作り置かむとハガキ来ぬ近づく終りは切々として
潅がいに日々に減りゆく水に住む魚あり人なら耐へ得ぬものを
この脚に生きる外なき我なりと坂の途中に腰を下せり
灯の照らす窓を囲みて闇迫り追はれて我はものを書きをり
腰上げてペダル踏みゐる少年と坂の半ばにすれ違ひたり
炎熱に農薬撒ける男居て露あるときは駄目と答ふる
円型に梢の元に向きたるは陽を受くためと若葉萌しぬ
草の葉の揃ひ空向きよべ降りし露宿らせて朝の明けたり
草青く雲桃色に明けてゆき我に見る目を与へられたり
水のある惑星なると青々と向へる草を分けて行きつつ
美しと眺むる天地億年の生命営む瞳を向くる
分けて来し尾花の原も輝ける遠景としてふりかへりたり
重ねたる月日に耳の遠くなる我はしずかに忘らるるべし
世を離れ己が心の果しなきものを尋ねん生きんと思ふ
寄りゆきし木蔭に冷ゆる風ありて恨む心を払ひて過ぎぬ

赤緑闇を開きし花火消へ夜の深さを帰りゆきをり
池に水湛へて田の稲育ちゆく人が作りしものを見てをり
降る露を迎へし草の天を向き交す光りに朝の明けたり
重なりし山はもやひに消へてゆき峠の上に我の立ちたり
包丁の刃先に指の腹当ててニュース賑はす殺意に触るる
釣りし魚池に戻して遠くより来りし人等帰りゆきたり
飲む水は直に汗に噴き出でて背に張つきしシャツを脱ぎたり
通る度に歩き足らざる犬の声繋がるものと老ひの向き合ふ
音立てて落ちて来れる剪定の我も余剰の枝かも知れぬ
余剰の枝切られて落つる音立つをポケットに手を入れ眺めてをりぬ
葉の落ちて花を掲ぐる草のあり種子を結ばん必死の様ぞ
大判の陵を駆けたる足なりき坂の途中に腰かけ撫でる
貫きて航跡雲の渡れるをわれは制することの無かりき
取出して短歌のノート見てゐしが過去に向きゐる吾に気付きぬ
足投げて呼べど応へず犬寝ねぬ老ひの衰へ我と分ちて

ちょう罰に抑止されゐる人殺し人の尊厳の虚像を言へり
夕闇は庭の草木を沈めゆき眠る外なき目を開きをり
包みくる夕闇の中を帰りをり竟にもつべき一人の歩み
生き来しは何にありしや夕闇の中を一人の歩みもちつつ
明日行かん見舞の額を話しをり死に関れる用のみ増へて
缶ビール一つに減らさる晩酌も押れきて眠らん歩みを運ぶ
出会ひたる友は指折り生きてゐる同窓生を数へて去りぬ
折る指に足りて残れる同級生語りて友と別れゆきたり
立つ翅をふるはせ鳴ける鈴虫の声は星フル天に渡りぬ
りんりんと鳴きゐる虫の声渡り老ひし眼を空に向けたり
半袖となりたる腕に歩みをり艶の失せしを現実として
この口を出でたる言葉は重からん唇厚き写真の掛る
削りゐる鉛筆の芯出でて来ぬ言葉に鋭く光りてをりぬ
幼子は各々自分に遊びをり手に砂掴み放せるのみに
残りゐる同窓生を数へ了へ元気でと友は別れゆきたり

時折りに人行き違ふ商店街うつむきしまま通り過ぎたり
つり上げし魚を戻して帰りゆく程に過ぎたる一日なりけり
柿の実の尻円かに育ちゐて荒れたる風にいくつ落ちたり
しろがねの鱗ひからせ遡る魚は岩間を競ひ合ひたり
紅を刷く熟れに結べる実もありて原は亡びの秋へなさるる
台風の過ぎたる魚はまだ水のそこひに潜みゐるらし
さかのぼる魚は波立て激に入りてきらめく鱗を競ひ合ひたり
複数の花掲ぐるはまれにして百合は乾燥の夏を営む
億年の光がつなぐ星見をり我は眼の来所問ひつつ
宇宙問ふ言葉の来所をたずねをり宇宙の中なる一塵として
見上げゐる宇宙の中なるわが在り処我が目に収まる宇宙を問ひをり
投げ出せる足に寝ねたる老ひ犬は近寄る我に細く目を開く
光りもつ原となりゐて草の立ち歩み来りし径のふりかへる
散り落ちし花の紅滅びゆくもの鮮かに地に置きたり
静かなる老ひにあらんと思へるに残生少なしと内より声は

群れをなし魚泳ぎをり群れてゐる安きを離れわれの見てをり
開きたる窓に枯れたる葉の舞ひて風は滅びの冷えを増したり
一望に青く草木の地を覆ふ日本と思ひ坂下りゆく
知る人の逝きしを歎く歌並び世は密密と繁りてあり
出でてくる言葉はつづまりおのれにて腰掛け並び空を見てをり
遠くより継ぎし歎きか知る人の逝きしを憶ふ歌の並びぬ
平安と平成の死の作品が並べてありて等しいかなしみ
われはまだ若さもつかな照り来り暗む木蔭に瞳はしりぬ
いつよりか憂ひとなりて未来あり艶の失せたる手の指伸す
背中より押されるごとく日々の過ぎ返り見すれば何事もなし
平安の歎き平成の歎きあり韻律違へて逝きしを歌ふ
光る眼眉間に寄せる深きしはテレビに殺人始まらんとす
新聞にテレビに報ずる日々の量取り残される我かも知れぬ
藷を掘る人の傍へをリュック負ふ自然探訪の群過ぎてゆく

一日を藷堀り自然体験の人等はバスにて帰りゆきたり
一日を藷堀り自然体験の人等は農を讃へ帰りぬ
火に飛びてをりたる虫は群りて狂ひて舞へる面となる
流したる涙が洗ひし心らしいきいきとして劇場出ずる
劇場に泣きたる人等はればれとしたる顔もて帰りゆきをり
溜りたるかなしみなどを劇場の涙に流し出でて来りぬ
点もりゐし灯りの下に虫の死の重なり昨夜狂ひ舞ひゐし
舞ひゐしは命賭けたる飛翔にて灯火の下にむくろの散りぬ
舞ふ虫は舞ひゐることが命ならん灯りに舞ひし骸を曝す
流れきし水に登れる魚のあり水の動けば自らにて
物産むは労働ならす研究の設備と操る頭脳にして
記号化し記号が記号を生みゆくを眺めゐるより外に術なし
手の技術追ひたる機械、機械追ふ頭脳の技術眺めゐる間に
人間の頭脳に物のかへりしを我の頭脳は間尺が合はぬ
にちにちに離れて進む生産のはかり難なき世界に対ふ

冠毛の映へゐる鳥が降り立ちてゆるりと歩み運びゆきたり
如何なる波われは立たせてゐるかなと思ひ泳げる魚を見てをり
如何ならん世界を我の作り得るや歎きばかりを言っては居れぬ
求め来し世界の中に今の世を組込みゆかん思索追ひゆく
遠代より伝へし世界の一駒に今の世ありと思ひ定むる
遠代より築きし世界を内に見る我と思ひてペンを置きたり
ほうりしは石にありしか将怒り池の最中に波を立たせり
研げる目に服を手に載せゐたりしが袋を提げて女かへりぬ
赤黒く銹沁み入りし柱並び注文絶へて鍛冶場音無し
罪常に憧れられて婦人誌の表紙に不倫の文字の輝く
憧れを秘めもつなれば婦人誌の表紙に不倫と大きく刷らる
亦一つ山を消したる雨足は荒き音立て襲ひ来りぬ
ほうりしは石にありしか拡がれる波紋の岸をひたひたと打つ

熱風が展げゆきたる海岸の人等は波を抜手に越ゆる
舌を出し犬の死に居りこれの世の末に何を味はひたらん
死んでもよいと言ひたる言葉鮮明に記憶の中に瞳を住はす
多目的ホール建ちをりそれぞれの個性が己れ見つむるところ
目の眩む深さに谷の削られて大きな岩の支へ合ひたり
うがちたる時の永さに谷のあり交せる岩の底ひを知らず
緑濃き谷間光らせ音立てて夏の時雨の過ぎてゆきたり
校庭より流るる歌の日を変り老ひたる我の声を競ふ
集ひ来る車窓に歌友の顔のありほほ自らゆるみゆきたり
自動車のライトが開く夜の闇一すじわが家を目指して返し
全盲にならぬと医師に言はれしが日々におとろふ視力を思ふ
虫が食ひて葉脈ありぬ一葉の成りし精緻のおごそかにして
この下に埋立てられし沼ありがとりて食ひたる魚の親しさ
目を病みて目を病む人の多かりき霞む光によりて生きゆく

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