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琵琶湖音楽祭

4月下旬の連休に「琵琶湖音楽祭」に行ってきました。無料の演奏会もあり、レベルの高い演奏に酔いしれ、お昼にはキッチンカーも出ており、春の涼しく心地よい琵琶湖湖畔の自然の中、キンキンに冷え切ったビールの味は最高でした。5演目を聴きましたが、特に日本人のビオラ演奏者を含む、ドイツベルリンで活躍中の「レオンコロ弦楽四重奏団」によるヤナーチェクのクロイツェルは緊張感がみなぎり至福の時でした。2024.4.30

破壊的イノベーション

最近、マスコミなどで「破壊的イノベーション」という言葉をよく耳や目にします。

これはクレイトン・クリステンセンというアメリカの経営学者が提唱し「持続的イノベーション」に対する用語で、主にビジネスマーケットの領域で使われてきました。イノベーションInnovationとは日本語で「革新」と訳されており、新しい技術などの発明を意味します。このうち「持続的イノベーション」とは、簡単に言えば既存の技術などを大まかのフレームワーク(枠組み)は変えずにいわばマイナーチェンジをするものですが、これに対し「破壊的イノベーション」は、概念をほぼ根底から覆すことを指します。昔からコペルニクスの天動説(地球中心説)を覆す地動説(太陽中心説)、フロイトの精神分析法、マルクスの科学的社会主義 アインシュタインの相対性理論など、従来の通念を180度転換する画期的な発想でした。最近ではOpenAIによるChatGPTは、それまでに思いもつかなかった人工知能による生成システムで、これにより我々のデスクワークの多くが恩恵を受けております。

私が中学生の頃に始まった「題名のない音楽会」司会者の作曲家黛敏郎氏は、当時流行っていた「ニューミュージック」のある曲(残念ながら題を失念しました)の楽譜を解析し、これをビートルズの「Yesterday」と比較討論されました。番組では「Yesterday」の最初の数小節はそれまでのとは明らかに異なる斬新なメロデイーであるが、「ニューミュージック」のものは「都はるみ」の曲などこれまでの日本の曲のアレンジに過ぎない。「ニューミュージック」などと命名するのは「おこがましい」と一刀両断に切り捨てられたのです。そのことは黛氏の鋭い視線と言葉からこぼれるキラキラとした知性とともに今でも鮮明に覚えています。

題名のない音楽会」初代司会者 黛敏郎氏 とYesterdayの最初の3小節(Wikipediaより)

似たような経験をお話しますが、私が1990年代にアメリカに留学していた頃はバブル経済が弾けたとは言え日本の力がまだまだ強く、アメリカ自動車産業の半分くらいは日本車が占めるという時期でした。あるアメリカ人の看護師さんから「日本人は外国の模倣ばかりして自国の独特の発明は何もない」と言われたのに対し、この時だけは根っからの「愛国者」になり、ソニー社の「ウオークマン」は画期的なもので市場を席巻していると反論しました。しかしながら、考えてみると当時のテープレコーダーを携帯用に小型化しただけのもので磁気を使って音声録音するテープレコーダーを発明したデンマークのポールセンやフロイメルとは大きな違いがあります。2023年の雑誌Nature誌に「Japanese research is no longer world class — here’s whyという衝撃的なニュースが載っていましたが、日本のシステムの問題だけではないのですが、「破壊的イノベーション」を生み出すような発想の転換や努力などが必要でしょう。

また先日食事会で、ある看護師さんが「連休に東京に○○のコンサート」に行くと言っておられ○○は今流行の男子グループですが、私が知らないことを言うと「長谷川先生、○○知らないんですか。遅れていますね」と反論されたのです。そばに居た医師が「長谷川先生は趣味が高尚ですから」と意味のないフォローをしてくれました。日本人の「同調主義」には勿論良いところもあるのですが、高校生の時にある本で日本人は微分的な発想をするため解析能力が優れている。一方ドイツ人は積分的な発想が中心となり包括的な見方をするということを読んだことがあります。また本誌で私の原稿を読んでいただいているある高名な先生から「長谷川先生は優雅ですね.風流人ですね」とか「よく本を読んでいますね。暇人なんですね」などと言われ、ステレオタイプの分析をし画一的な範疇に分類してしまおうという傾向が、特に学識の高い人に強いように感じます。こういった日本の風潮も関係しているかも知れません。 さて、今年の4月から「医師の働き方改革」という制度が始まりました。医師の健康確保と長時間労働の軽減を目的に、余計な残業を無くし定時に帰れるようにということです。勿論患者さんの容態次第で帰れないということもあるのですが、多くの医師は「学会発表」や「論文執筆」に追われて病院にいる時間が多いのです。時間外にこれらを他から強制的にあるいは自らに課して行っているのですが、このように自分を締め付けないで自由な時間を作って家庭生活や好きな趣味に充てましょうとという風に変われば良いと思います。また先日東京都はカスタマーハラスメント(店員が顧客から受ける暴言や無茶な要求などのこと)の定義付けを行い、全国初の防止条例制定に向けるということです。これを病院に当てはめてみると「モンスターペーシャント」の抑制につながるかも知れず、今後これらの2つの新しい制度によって医師の働く環境や患者さんとの関係も良好に進むことが期待されます。

(2024.5.1)

実験小説としての「源氏物語」

テレビの話題が続き申し訳ないのですが、今年NHKで「光る君」という大河ドラマが始まりました。多くの方が見ておられると思いますが、世界で最も古く長い恋愛小説の1つ「源氏物語」を著した紫式部の物語です。

昨年末「やばい源氏物語」という面白い新書が出版されていました。著者は早稲田大学第一文学部(競争率が高いが文系に特化した変人が多いので有名)卒業の大塚ひかりさんで、他に「毒親の日本史」「ブス論」「くそじじいとくそばばあの日本史」などがあります。

 著者によると「源氏物語」は当時としては画期的なものでまさに実験小説であるとしています。例えば、通常は美人を詳細に描写して登場させるのですが「ブス(大塚さんが述べておられるので、私はそれを引用しているだけです)」の扱いがヒドイ。美女の描写は実にあっさりしてますが、「ブス」の描写は異様に詳しく、「ブスの極み」というべき、3大「ブス」に「末摘花(すえつむはな:座高が高く、先が垂れて赤くなっている鼻、額が腫れていて痛々しいほど痩せている)」「空蝉(うつせみ)」「花散里(はなちるさと)」を挙げております。これでもかと言うほど徹底した描写をしておりますので、原文でも現代訳でもその個所を一度読んでみてください。また「霊」についてよく登場させており、それまでの物語では死霊は出てくるが、生霊(いきりょう)を登場させたたのは「源氏物語」が最初であるということです。当時は病気や精神的不調などは人に「物の怪(もののけ)」が憑いているとして、祈祷により生きた人から霊を追い出したりして病気を治していたのです。今のように抗生物質も抗がん剤がない時代ですが、祈祷で治癒する病気というのはストレスなどの精神的な要因が主だったような気がします。物語の中で紫式部は、様々な霊を「生きている人間が良心の呵責によって見られる幻影」であるとし、六条御息所の生霊が光源氏の正妻「葵の上」に乗り移ったのは、光源氏が過去に行った御息所に対するやましいことに起因する幻影であるとしています。その他、愛の確執と嫉妬、不倫は勿論、近親相姦なども描かれ、また天皇家と貴族、右大臣と左大臣、などによる政治的謀略も混じり、当時実際に存在した人々も時に実名で出てくるなど、あらゆる斬新な試みが含まれ、まさに実験小説と言えます。紫式部がテレビや著書では菅原道真公の妾(しょう、つまり愛人)であったとされており、その真に迫る描きぶりは見事ですね。

前月号本誌で小澤征爾氏のことを書きました。先日NHKの教養番組で「終わりのない実験~世界のオザワが追い求めた音楽」というのが放映されており、その中で彼は日本だけでなく世界の音楽界に対して重い責任を持つに至っているが、外国にいても常にはるか日本の音楽界へ思いをはせ、日本人が西洋音楽にどこまで挑戦できるかという壮大な実験を続けていると述べています。さらにベートーベンは当時新しい手段としてピアノが導入されると、様々な新しいリズムや旋律を編み出し、交響曲に初めてトロンボーンや合唱を取り入れ、色んな実験を行っています。その前のモーツアルトもオペラなどに革新的な試みをしています。このように新しいことを実験的に試みた先人たちの業績は歴史を超えて今も息づいております。
エベレスト山に初登頂した登山家ジョージ・マロリーは「何故山に登るか?そこに山があるからです!」という名言を残していますが、実験や新しいことへの挑戦のきっかけは極めて単純なことで「高い山に登ると見える景色が変わり、そこから見える次の山に登りたくなる」のでしょう。
アインシュタインも山中伸弥先生も「実験」を繰り返し努力した結果「相対性理論」「iPS細胞」の発見に至ったわけで、実験をして新しいことにチャレンジすることは、人間の本質である、生きていく原動力になると思います。私は今大学で大学院生の動物実験の指導を行っていますが、誰でもその機会は与えられます。ロスアラモスで原爆実験を行ったオッペンハイマーでなくても、小学生の時理科や生物の実験に目を光らせた思い出、おうちで新しい食材を使って子供たちに新たなメニューをつくる。これも実験の一つです。喜んでくれると嬉しくワクワクしませんか?
生物の自然発生し得ないことを証明するパスツールの実験「新大学生物学の教科書」より(2024.4)

変わった曲名

クラシック音楽の変わった曲名を集めてみました。

ベートーベン:ピアノ奇想曲「無くした小銭への怒り」

マーラー:歌曲「魚に説教する聖アウグスツス」

サテイ:ピアノ協奏曲「犬のためのぶよぶよした本当の前奏曲」

ロッシーニ:ピアノ独奏曲「ロマンテイックなひき肉」

(2024.3.14.)

小澤征爾死去

今年2月6日 世界の大指揮者「小澤征爾」さんが亡くなりました。

小澤氏指揮の演奏を聴かれた方は多いと思いますが、私が最も印象に残っているのは、ボストン交響楽団を振った「ブラームス交響曲第1番」です。これは1977年にドイツグラモフォンから出た名盤の一つで、NHK-FMで聴いたのですが早速LPレコードを購入し、今でも大切に保存しています。生演奏では2010年8月長野県松本市でチャイコフスキーの弦楽セレナーデ第1楽章だけを指揮されたのを聴いたことがあります(体調不良のため他は山田和樹氏、下野達也氏に交替)。この松本フェスティバルはサイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)が1992年から毎夏行なっていたもので、桐朋学園大学で指揮者斎藤秀雄氏に師事していた演奏家たちが中心に行っており、小澤氏が統括されていましたが、2015年よりこの音楽祭は「セイジ・オザワ松本フェスティバル」に変更されました。余談ですが、斎藤秀雄氏は指揮科の指導教官で、癇癪もちで小澤氏は指揮棒で叩かれたり、楽譜を投げつけられたりを日常的に受け、ストレスで本箱を素手で殴りつけ大怪我をしたことがあったそうです。今では「パワハラ」として、マスコミや父兄会の格好の餌食になるところですが、その斎藤氏を慕って毎年世界中から多くの弟子が松本に集まってくるので、真の意味での「教育者」とは「全ての人に優しく平等に受け入れられる」ようなものではないのでしょう。

小澤征爾氏に関する本を2冊読んだことがあります、1つは村上春樹氏との対談をまとめたもので、文筆家と音楽家という異なる職種の2人ですが、それぞれ超一流の仕事をされており、お互いに共通したものがあることを冒頭で述べられています。つまり、①仕事をすることにどこまでも純粋な喜びを感じていること、②いつまでも若い頃と同じハングリーな心を変わらず持ち続けていること、③仕事遂行において辛抱強くタフで頑固であること、です。

もう1冊は「僕の音楽武者修行」というもので、神戸から貨物船に乗りギターとスクーターだけで単身ヨーロッパに渡り、プザンソン国際指揮者コンクールで優勝してから、カラヤン、ミュンシュ、バーンシュタインに師事し、渡米してシカゴ交響楽団、トロント交響楽団、サンフランシスコ交響楽団、ボストン交響楽団、タングルウッド音楽祭の主催などを経て日本に帰国するまでの生活を記したものです。苦労話でさえユーモアたっぷりに描かれており、小澤氏の音楽に対する熱情が伝わって来ます。

海外渡航については、現在では多くの日本人がかなり自由に諸外国に出かけていますが、文明開化を果たしたばかりの明治時代に、欧米の医学や知識を取り入れようとした、2人の偉大な医学者「森鴎外」と「野口英世」を紹介したいと思います。まず森鷗外は島根県津和野の藩医の家に生まれ、帝国大学(現在の東京大学)医学部を最年少の19才で卒業し、陸軍省から国費留学生としてドイツに5年間留学しています。その後鴎外は陸軍軍医総監に昇進し、人事権を持つ軍医のトップとなる傍ら数々の文学作品を書き、文筆家としても一流の活躍を遂げるのです。しかしながら、学問や芸術を迫害しているとして明治政府に抵抗し、学問の自由研究と芸術の自由発展を妨げる国は栄えるはずがないと一貫して主張しました。ただ、言葉が異なる英国で英文学を学んだ夏目漱石とは異なり、国境のある文学だけでなく鷗外は医学も学んでおり、自然科学は普遍的な領域なので、救われた面もあると思われます。

一方の野口は貧しい農家の長男として生まれ、幼少時に母が目を離したすきに囲炉裏に落ち激しい火傷のために左手が開かなくなったが、後に周りの方々からの支援により外科手術を受け、細菌学者となって大きな功績を挙げるというよく知られた医学者です。我々が小学生の時には偉大な学者という風に教科書で取り上げられ、立身出世してお世話になった周囲の方々に恩返しをするという、ストーリーになっていたと思います。実際にロックフェラー研究所の正所員、各学会の正式メンバー、東大の理学博士、京大の医学博士。各国の栄誉勲章、日本帝国学士院恩賜賞、勲四等旭日小綬章を受け、確かに偉業をなすのですが、そのやり方は偉人伝とはかけ離れたものです。例えば医師を目指す女子学生と婚約し、その持参金を渡航費に当てる、地元の恩師や友人から渡航のために今の価値で何億円も借金をするのですが、そのお金を渡航の前に料亭で飲み食いして散財するなど、数え切れない詐欺のような行為をしているのです。上記の婚約した女性に対して試験の前に頭蓋骨の標本をプレゼントして喜んでもらおうとしたようです。しかし研究に対する情熱はすばらしく、単身フィラデルフィアに乗り込んだ後、ろくに睡眠をとらずに研究、論文執筆に没頭。「科学の世界は何かを得ようと夢見ている時が花で、実際手にしてみるとその喜びは意外と薄いものです。それどころか、1つの目的が達せられると、さらにもう1つと新たな望みが生まれ、さらに自分を苦しめる結果となります。」と後に述懐しています。野口と鴎外はともに苦労をされているのですが2人に共通した点は世間知らずの無鉄砲さにあると思われます。

(2024.3.12)

ジョン・ケージ「4分33秒」

クラシック音楽の世界でも禅の教えに影響を受けた作曲家がいます。それは「ジョン・ケージ」という現代作曲家でアヴァンギャルド(前衛)芸術に影響を与えた人です。彼は「禅と日本文化」などの著書を英語で記した仏教学者、文学者の「鈴木大拙」氏に影響を受けました。1952年ケージは「4分33秒」という作品を発表し、これは演奏者が全く楽器を弾かず最後まで沈黙を通すというもので、その時に会場から偶然におきる物音やざわめきこそ音楽の本質であるとし、音楽に対する彼の思想が最も簡潔に表現された代表作品です。その主旨を私は完全には理解していないのですが、以前はリズム構造の基礎となる単位の長さが時間の長さであったのに対し、最近の作品では長さは空間のみに存在し、この空間を通過するスピードは予測できないと分析します。クラシック音楽は古典主義から始まり、ロマン主義、表現主義、印象主義からセリアリズム(総音列技法)に至るまでは「音楽は何物かを表現しなければならない」とされていましたが、ケージはこれを否定し、音はただ音である、ただそれだけである。音楽は音楽ではない。だから音楽は音楽である。という訳の分からない考えを展開します。五線紙の音譜は表面の空間であって、音楽の論理とは全く無関係で、時空間の首尾一貫性は予測不可能であり、禅宗哲学が新しい作曲上の方向を促進するのに大きな役割を果たしたというものです。禅の「一即一切、一切即一」という概念、つまり空間的には全宇宙が一介の塵埃中に見いだされ、また時間的には永遠の時間が一瞬間の中に見いだされるというものですが、音楽にも予測できない偶然性を導入する必要があると結論し、上記の「4分33秒」が出来上がったのです。

皆さんは理解されますでしょうか。(2024.2)

  
第一楽章 Tacet (休み)   
第二楽章 Tacet (休み)   
第三楽章 Tacet (休み)   

ジョン・ケージ作曲「4分33秒」の楽譜

ボデイビルダー女子医学生

鳥取県は島根県とともに山陰地方にあり、両県はド田舎さを競い合っております。昔「秘密のケンミンショー極」というカミングアウトをネタにしたテレビ番組で、島根・鳥取のうち右にあるのはさてどっち?スタバはどちらが先にできたか?など。しかしながら、寒い環境で身体を鍛えられるのが良いのか、結構有名なスポーツ選手を輩出しております。2021年東京オリンピックで日本人初の女子ボクシング金メダリスト、「入江聖奈」さんは米子市出身です。また山陰ではなく広島県出身で現在島根大学医学部医学科の5年生「城谷怜」さんは2022年に行われたボディビルアジア大会で優勝されています。医師のボデイビルダーといえば、山陰ではないのですが、秋田大学病院整形外科医の「浅香康人」氏は2023年ボデイビルダー東北・北海道大会で準優勝されました。両人ともインターネットやスマホでその様子と素晴らしい筋肉美を見ることが出来ます。

医学生でスポーツをやっており将来的にこれを専門に生かそうと考えている人は多く、以前に鳥取大学医学部医学科生でバレエダンサーの「河本龍磨」君を紹介しました。上記の2人のボデイビルダーを含め彼らは医学部で学んだ解剖学、生理学、栄養学などを自身の鍛錬に応用し、さらに患者さんの診療に実践的に生かす構想をきちんと考えています。河本君は将来「スポーツ医」になってくれるようで、鳥取大学への貢献を期待しています。フィットネスクラブで働いている城谷さんは、患者さんが悪くなる前に普段の生活習慣や食事、運動を通して身体作りを指導するべく「予防医学、東洋医学」の分野を目指しているということです。浅香氏は現役整形外科医ですから患者さんへの運動機能に関する診療は言うまでもなく、健康な体と精神力を鍛えたいとのことで、学生時代から今なお柔道に研鑽を積まれているようです。

 今述べた柔道については詳しくないのですが、創始者の加納治五郎氏によると禅の教えが根底にあるとしており、「無心、虚心にして物事に没入する」「適当な機を見て相手の姿勢を崩し、少しの隙でも見逃さない」「対人的には礼儀、親切、尊敬を重視する」などの教義の重要性を強調されています。(2024.2)

ヨーロッパ臨済座禅センターの座禅修行(Wikipediaより)

坂本龍一氏:音楽と生命

先月フルート奏者の多久潤一朗氏のお母さんは、没個性的な教育をしていたと書いたことに対して、お子さんを育てていらっしゃる某女性看護師さんから反撃されたので、今回はそれを否定するようなある人を紹介します。

それは、あの有名な音楽家「坂本龍一」氏のお母さんです。東京生まれの彼はお母さんの薦めで世田谷区の自由学園系の幼稚園に通っていたそうです。そこでは幼稚園の園児全員にピアノを弾かせていたようです。また教室の透明できれいな窓ガラスに水彩画を書かせたり、夏休みに週替わりで「ウサギ」の飼育を園児宅でさせたりしていたということです。今なら、父兄たちからウサギには犬のジステンバーのような感染症が無いか調べさせたり、何回目かの予防接種証明を持ってこさせたりしたことでしょう。さらに9月の新学期に先生から「ウサギの世話をしてどうでしたか。その時の気持ちを歌にしてください」と、無茶苦茶な課題を出されたということです。

その坂本龍一氏は2023年3月に亡くなりました。中国の人民服を着てテクノカットという髪型で、イエローマジックオーケストラにて、当時斬新と思われたシンセサイザーなど電子音を取り入れた現代音楽を作り出し、いわゆる「テクノポップ」として一世を風靡しました。しかし「戦場のクリスマス」などのポピュラー音楽を作曲した彼の音楽にはクラシック音楽が基本にありバッハとドビュッシーに大きな影響を受けていたことは驚きです。現代音楽のうち電子音楽はシュトックハウゼンにより広められ、ミニマルミュージックはステイーブ・ライヒ、フィリップ・グラスらによって開拓されました。シュトックハウゼンについては昔大阪万博の時に確かドイツ館で曲が流れていて、当時中学生だった私も奇妙なシンセサイザー音楽に何故か惹かれるものがありました。ライヒは「イッツゴナレイン」「カムアウト」「デイファレントトレインズ」など徐々にずれていく位相に斬新さがあり、グラスはメトロポリタン歌劇による「アクナーテン」「サテイアグラハ」などのオペラを世に出しています。両者とも現代人の感性にフィットしていると感動して聴いています。

坂本氏は平和運動など多彩な活動をしておられましたが、今回医学との関りについて、少し紹介します。2023年3月に生物学者の福岡伸一氏と「音楽と生命」という対談集を出され音楽学と生物学という異なる視点から共通するものについて討論されています。この課題は非常に難しいので改めて論ずるとして、今回はごくさわりを述べます。まずすべての事象を人間の考え方、言葉、論理という「ロゴス」と人間の存在を含めた自然そのものを「ピュシス」と区別します。そして、これらの「ロゴス」と「ピュシス」が対立しているとし、ピュシスをできるだけありのままに記述する新しいロゴス、より解像度の高い表現を求めることをあきらめないこと、そのためにこそ音楽や科学や美術や哲学がある。分化と思想の多様性がある、と論じています。(2023.12)

松葉ガニと超王禄

先日、鳥取大学医学部武中篤病院長(泌尿器科教授)が主催された全国学会の懇親会で出された「松葉ガニ」800杯と幻の酒「超王禄」島根県松江市王禄酒造

(2023.12.6)

多久潤一朗氏のオリジナル奏法

皆さんは多久潤一朗氏というフルート奏者をご存じでしょうか。東京芸大を卒業、日本クラシックコンクールフルート部門で優勝され、映画「のだめカンタービレ」で首席フルート担当されています。最近ではフルートトリオ「マグナムトリオ」のリーダーとして国内外で活躍されクラシック音楽は勿論テレビドラマや映画の音楽、さらにアニメや「スーパーマリオ」などのゲーム音楽など幅広いジャンルの音楽を手掛けておられます。中でも驚くべきは自由な発想で多くのオリジナル奏法を編み出しており、管のある物なら何でも楽器にできる、例えば、横笛であるフルートの先の部分から縦笛にして演奏、チクワに横穴を開けて演奏しています。

フルートとちくわ:両端に穴が開いているので吹けば音が出る

我々の行っている科学研究は何度繰り返しても同じ結果が得られる、再現性に価値を置くものですが、音楽はそれとは反対です。1回しか起こらないところに「オーラ」があり価値があり、芸術は複製されるとオーラが失われるものです(ワルター・ベンジャミン)。1回限りの演奏は即興Improvisationとも言いますが、Wikipediaによると「即興:型にとらわれずに自由に思うままに作り上げる、作り上げていく動きや演奏、またその手法のこと」とあります。多久氏の演奏形式はまさに「即興」といえましょう。

多久氏は幼少の時、1本のたて笛を与えられて、救急車、チャイムの音を笛の音で再現していたそうです。その時いわゆる「真面目(教科書的な考えが支配的な)」な教育ママのお母さんから、酷く怒られて様ですが、リベラルなお父さんには「何故もっとやらないのだ」と逆に諭されたようです。さらにこのお母さんは「私が恥ずかしい思いをしているのよ」というジコチュウ発言をされています。この教育ママに完全屈服していたら今のようにフルートの概念と常識を破るような輝かしい活躍をしていなかっただろうと思われます(ただし素晴らしく育てられたお母さまの悪口を言うつもりは全く無いのでご理解を!)。

同じく音楽家で作曲家の池辺普一郎氏は幼少期身体が弱く、小児科医から「この子は20才まで生きることが出来ないでしょう」と言われたようです(昔の小児科医はこのような根拠の無い無責任なことを平気で言っていたことに驚かされます!!)。このため読書にいそしみ、家にあったピアノを独学で練習していたようです。ところが20才になってもなかなか死なない、それどころか東京芸大作曲科に入学。卒業後、11個の交響曲や数々の協奏曲など多くの前衛的な現代音楽を作曲されています。これは幼少期に型にはまらず自由に独学で勉強されていたことが基礎的な力になっていると思われます。

昔から既存の思想を覆すような新しい学説などを打ち立てた様々な「天才」たちは、幼少期からいわゆる「優等生」ではなかったようです。(2023.12.6)

海外旅行中の病気や怪我

皆さんは海外旅行中に病気や怪我などの身体的トラブルに合ったことはありませんか?この夏に起こった私の悲劇をお話しします。

7月ドイツに行った時のことです。最初ミュンヘンでのオペラ音楽祭に行き、その後ベルリンに飛びました。ベルリンフィルの本拠地の近くの楽器博物館に行って、珍しい古楽器など滅多に見れないので満足して近くのレストランに入りました。シーザーサラダにシュリンプ(海老)にするかステーキにするか迷ったのですが、前日ミュンヘンでは魚介類を堪能していたので肉にしました。その肉が少し固く思い切って噛んだ時口の中で「ぐぎっ」という違和感を覚えたと同時に歯の詰め物(因みに英語でFillingと言います)が取れてしまったのです。

即座にアイホンでDental clinicを調べ(便利ですね!)電話をすると、「分かった。では来週の火曜日に来てくれ」というので、埒があかず翌日ミュンヘンに戻る予定だったので、ミュンヘンでの歯科を調べました。中に「日本語の分かるスタッフがいます」というのがあり、さっそく電話すると「今東京にいるけど、予約しといてあげます」ということで、翌日ちゃんと詰め物を入れてもらい、事なきを得ました。しかしながらその間食事は滅茶不便で水分(つまりビールとワイン)しか喉を通らず、少し痩せたような気がしました。さて料金ですが、海外での医療費はかなり高額だということを聞いていたのでビビッていましたが、海外旅行傷害保険(新型コロナ感染などで帰国できないことがあるので是非入ったほうが良い)の掛け金より少し高かったくらいで、結局利益が出たという結果になりました。(2023.11.10)

「ブギウギ」人形

NHK朝ドラ「ブギウギ」、先月から始まっていますが、皆さん見ておられますか!

「東京ブギウギ」などのヒット曲を出した歌手「笠置シヅ子」をモデルにしたドラマです。大阪出身とは私も知らなかったのですが、我々が学生の頃阪大病院があった大阪市福島区の風呂屋の娘として育った主人公が「ブギの女王」として成功していくという痛快ドラマになっています。作品は全体に歌や踊りに溢れストーリーとともに飽きない内容で、特にドラマの最初の軽快なテーマ音楽と異様に首が長い奇妙な人形とCGによるイントロが特徴です。「怖い」「気持ちが悪い」「朝から気分を害する」など否定的な意見が多い中で、私は試みと斬新な試みとして興味を持って観ています。

少し前NHKテレビで亡くなった美空ひばりさんを画像的に生き返らせて歌や踊りを披露するという番組を放映していました。これはNHK局やレコード会社に残る沢山の音源、映像をもとに、AI技術によって目線やひばりさんの特徴的で嫌味な口元を歌唱とともに巧みに再現したものでした。私は最初「ブギウギ」の人形ダンスを見たとき同じようにすべて生成AIがCGを駆使して作っているのだろうと思っていました。ところが、NHKの違う番組ではイントロで「手作りの棒遣い人形」を5人くらいの人形師が棒を操って動かしているとのことで、ほとんど手作業で制作していると聞いてビックリしました。

さらに最近では「初音ミク」など、AIを搭載したバーチャルシンガーが登場しており、作曲家渋谷慶一郎氏は、人間ロボットのアンドロイドにコンピュータ音楽を歌わせてボーカロイド・オペラを発表し、西洋文化の人間中心主義の極致ともいうべき「オペラ」という形式に敢えて挑発するような試みをしておられます。しかしながら今後「ブギウギ」の人形のようにこれがまた回りまわって手作りの操り人形に替わっていくかもしれません。(2023.11.10)

楽器博物館

ベルリンフィルハーモニーホール近くにある「楽器博物館」。ちょうど人が少なくドイツ観光で穴場の1つでした。バイオリン、ホルン、ハープ、パイプオルガンの初期における原器。

生命の起源

 あまり知られていないようですが、三朝温泉には「惑星物質研究所」があります。岡山大学の付属施設として温泉による医学への応用を目的として1939年「三朝温泉病院」が出来、幾つかの変遷を経て1985年岡山大学地球内部研究センターに改組されました。ここでは地球惑星科学の基盤分析実験技術の開発・応用に関する研究が行われ、現在では国内唯一の固体地球科学研究の拠点として内外のトップクラスの施設になります。先日ある研究会で、永年惑星物質研究所長をされてきた「中村栄三」岡山大学名誉教授による講演を拝聴いたしました。

 ご存じの方も多いと思いますが、2019年惑星探査機「はやぶさ2」が小惑星「リュウグウ」に2回着陸して5.4グラムの石や砂を地球に持ち帰り「CASTEM」という分析器を用いて、中村教授のグループが解析されました。その中で水や必須アミノ酸(体内で生成されないため自然界から摂取する必要がある)を含む23種類のアミノ酸が含まれていたことが注目されていましたが、講演では実際の解析方法と結果、さらに生命の起源などについて熱く語っておられました。生物に必要な物質はC(炭素)H(水素)O(酸素)N(窒素)であり、因みに月にはこれらがないため人などの生物は住めないとのことです。

 1861年パスツールは精密な実験により「生物は決して自然発生しない」ことを主張し以後この説が定着していました。しかし、それなら最初の生命はどのように発生したのでしょうか。ここで生命の定義についてみると生命とは自ら化学反応を行って子孫を自己複製できる存在」で、自己と外界との間に明確な隔離があり、代謝(物質やエネルギーの出し入れ)を行うものでした。上記のパスツールによると全ての生命には親があるということですが、親の親などをさかのぼっていくと「最初の生命」にたどり着く訳でやはり最初は自然発生したと考えざるを得ません。その後いくつかの実験によりCHONなどの無機質に紫外線や雷など何らかのエネルギーが加わるとアミノ酸などの有機物が生じることが分かってきました。最初の生命はこれらの物質から生じたと推論されます。

 ちょっと生化学的な解説をしますと、まずアミノ酸が多く集まり水分子がとれてペプチド結合によって縮合したポリペプチドからタンパク質が生じます。タンパク質は身体を構成するコラーゲンや筋タンパクなどの構造タンパク質の他、ホルモン、へモグロビンなどの輸送タンパク、免疫にかかわる抗体、物質の代謝に関わる酵素など、極めて多くの重要な役割を担うもので、生命起源に大きく関与しています。

  

図 タンパク質の合成と分類、機能(生化学・分子生物学より)

ンパク質生成の設計図は核内の遺伝子DMAに存在しますが、その情報は一旦mRNA(メッセンジャーRNA)に写し取られ(転写)その後核外(細胞質内)に出てリボソームの働きによってタンパク質が生成されます(翻訳)。これらの遺伝情報を伝える様式は全ての生命の細胞に共通するもので「セントラルドグマ」といいます。遺伝子DNAは2本鎖ですがそのうち1本を鋳型としてmRNAが生成されますが、この反応は酵素であるRNAポリメラーゼの働きによるものです。RNAポリメラーゼもタンパク質であり、その生成について興味のある実験が報告されています。すなわち2021年理化学研究所らの国際共同研究グループがRNAポリメラーゼの活性中心にDPPB(Double-psi-beta-barrel)という約90個のアミノ酸からなるタンパク質があるのですが、わずか7個のアミノ酸から作られることを実験的に実証したのです(Journal of American Chemical Society)。即ち、遺伝情報伝達に関与する酵素(蛋白質)も条件が整えば自然に生成され、自己複製が可能となることが示され生命の起源に寄与することがうかがえます。

 小惑星リュウグウに多くのアミノ酸が存在することは地球外でも生命が存在する、或いは今後発生する可能性があるものと思われます。

セントラルドグマ:真核細胞の場合、核内で遺伝子DNAの2本鎖のうち1本がメッセンジャーRNAに転写されて、核外(細胞質内)に出てその後翻訳を受けてタンパク質が生成される。この転写に働くのがRNAポリメラーゼである(細胞の分子生物学より)。(2023.9.30)

久しぶりのヨーロッパ

先日 夏休みにANAでドイツに旅行した時の機内から見えた夜明け。

ミュンヘンでバイエルン歌劇「トリスタンとイゾルデ」「アイーダ」「ドン・カルロ」、ベルリンでフィルハーモニー近くの「楽器博物館」に行きました。

機内サービスでは希少なシャルドネシャンパン「ルロワ」:美味でした。

バレエダンサーの現役医学生

 今年も暑い夏に悩まされました。年々最高温度が上昇しており日本でも39℃を超える地域が見られたようです。

 そのような過ごしにくい毎日ですが、ちょっと爽やかな話題を提供します。

 現役鳥取大学医学部6年生でバレエダンサーの「河本龍磨」君です。鳥取市出身で、兄と姉がバレエをやっていたことに影響され、彼自身も4才からバレエを習い始めたそうです。メキメキと腕を挙げていき、地元でも有名となり、高校生の時にロシアの有名な国立ボリショイバレエアカデミーに短期留学されています。

 ボリショイバレエはモスクワにあるのですが、サンクトペテルブルクにあるマリインスキーバレエとともにロシアの代表的なバレエ団で、19世紀末にチャイコフスキーが「眠れる森の美女」「くるみ割り人形」「白鳥の湖」という3大バレエを作曲し、20世紀最初にデイアギレフによるロシアバレエ団「バレエ・リュス」が結成され、この2バレエが旧ソ連の黄金時代を築いてきました。ニジンスキー、ヌレエフやバリシニコフ、アンナ・パブロワ、20世紀最高のプリンシパルと称えられたプリセツカヤなど、多くのバレエダンサーが輩出されています。

 このようなところに短期間でも留学された河本君は素晴らしい経験をされたと言えます。バレエ以外でも野球やサッカー、ホッケー、水泳などスポーツには万能であったようで、「スポーツ医学」に興味を持つようになり、その結果鳥取大学医学部医学科に進学されました。医学部に入ってからはさらにバレエに熱中するようになり、解剖学や生理学を勉強するようになってからはバレエをしている時に「この筋肉の作用は?」「骨の動きはどうなんだろう」「この動きをすると怪我をしやすいかな」などを考えるようになったそうです。しかし、こんなことを思いながらバレエを踊っているダンサーがかつていたのでしょうか?ちょっと尋常ではない印象を持ってしまいます。

 医学部に入ると1年生の2019年にはベルギーのアントワープ王立バレエ学校に短期留学され、2019年第29回全国バレエコンクールInNagoyaシニア男性部門優勝、2021年第8回山陰バレエコンクール県知事賞受賞、2022年第25回NBAバレエコンクールシニア男性部門第2位、今年8月11-13日全日本バレエ協会での公演をこなされるなど輝かしい成績を残されています。

 医学部では授業や実習がみっちりあり、病理学や薬理学などの基礎医学、内科学や外科学などの臨床医学等、新しい知識を身につけなくてはいけなく、結構忙しいのですが、どうやってバレエと両立させているのでしょうか。ある時バレエの公演と試験日程が重なってしまいパニックになったようですが、彼の選択は「今回の試験は棄権して、再試験に全てをかける」ということでした。

鳥取大学医学部医学科6年生 河本龍磨君。現役バレエダンサーとして活躍、将来はスポーツ医学を専攻したいとのこと。かつてのロシアのダンサー「ニジンスキー」を彷彿とさせる??。

 彼によるとバレエダンサーにおける運動器の障害は無理な屈曲進展を行うため①足関節、②中趾骨や外頚骨障害、内反小趾などの足部、③腰椎の順に負担がかかるそうです。以前本誌において「演奏家医学」という分野があることを紹介しましたが、バレエダンサーにおける身体の不調を専門に扱った医師はいないため、彼は「スポーツ医学」、特に「ダンサー医学」を目指すということです。

居酒屋では普通の大学生でした。

 以前に紹介したように鳥取大学病院では作年4月に「スポーツ医科学センターTottori University Hospital Sports Medical Center: TSA」が開設されました。アスリートが持つ医学的な問題は、脳・眼・耳・鼻といった神経感覚器の障害、呼吸器、循環器などの内科的疾患、栄養バランス、ホルモンバランス、噛み合わせ、メンタルの不調など多岐にわたります。このような問題に対して迅速かつ専門的なサポートを行うもので、多職種が関わって行くものです。

 河本君にはこれまでの経験と旺盛な探求心を活かし、この分野でしっかり勉強して将来の「スポーツ医学、演奏者医学」の分野で世界を牽引し、コンクールで成績を挙げたように今後素晴らしい成果を期待します。(2023.9.1)

脳死下臓器提供

今年の4月、鳥取大学医学部附属病院で初の脳死下ドナーに対する臓器提供が行われ、提供された心臓は大阪大学医学部附属病院で40代女性に移植されました。鳥取県内での脳死下臓器提供は3例目となり、地元では大きく報道され院内でもそれに関わった部署の方々が表彰されました。このような地方大学の病院においても脳死の判定から摘出、搬送に至るまで殆ど問題なくスムーズな流れで行われました。今後院内体制が拡充されることが期待されます。

1997年に本邦において「臓器移植法」が、2010年に「改正臓器移植法」が施行され、脳死を人の死とすることが法律で定められました。しかしながら欧米のように脳死移植があまねく広がることはなく、肝移植領域では日本においては肝臓の1部を切除する生体部分移植が主流となっています。

米国と日本における脳死と生体肝移植ドナーの割合。米国では圧倒的に脳死肝移植が多い。(日本移植学会ファクトブック2020)

通常、摘出した臓器は血液を洗い流し特殊な潅流液を注入して氷に浸して冷却し保存します。この処置は迅速に行う必要があり、特に肝臓や小腸などは虚血に弱いため、心停止後の保存では臓器の障害が高度となり使用できないこととなります。これに対し、脳死ドナーが極めて不足する昨今では、このようなマージナル(限界)ドナーを積極的に使用しようという試みがなされています。つまり従来の単純虚血冷却法ではなく、常温にて機械にて還流を行いグラフトの改善を待つというもので、例えば取り出した肝臓の肝動脈と門脈にチューブを入れてここから常温の血液をECMOなどにより数時間から数日還流させるものです。電解質や酸塩基平衡、糖分やアミノ酸、脂質なども添加しATPなどのエネルギー代謝面からみても有利となり、胆管から胆汁排出をモニタリングします。今後心停止臓器や脂肪肝、損傷肺などの病的なグラフトをも使用できるというメリットが考えられドナー不足に対する今後の福音となることが期待できます。

アメリカ外科学会ACS雑誌2023より

(2023.8)

絶対矛盾的自己同一

生体内では神経伝達物質など身体組織、細胞を構成する分子は常に「合成」と「分解」を繰り返しております。西田幾多郎氏の言われるように「ある矛盾をはらんだ姿が人生やこの世の実在である」。「多から一へ」「一から多へ」と部分と全体は常に逆方向に動きつつ常に同時存在的であり、またそれは空間的であるとともに時間的である、「絶対矛盾的自己同一」という西田哲学に通じる現象です。つまり、生命は合成と分解をほぼ同じ空間的、時間的に繰り返しており、このことが生命の本質であるということができます。鴨長明の方丈記冒頭「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」も生命現象の一面を物語っているように思えます。(2022.12)

 母が教えてくれたところによると、前の私の家は曽って江戸時代に大門で盛大を極めた素封家、水木氏の分家が貧乏したのを買って建てたらしい。この度新築するために壊した時は既に買ってから八九十年を閲(けみ)していたのであろう、柱の下部二十糎(cm)位は殆んど継いであり、その継いだ木も亦下部が腐って挫けていた。殊に納屋を改造して鎌の柄付の作業場にした処はひどかった。壁が矢張り下部二十糎程崩れて骨竹が露わになっていた。それを焼板を張ってかくしていたのである。

 或る日作業所の床下から小さな動物の鳴き声が聞えて来た。皆はねずみが子を生んだのであろうと言い、いや猫の子だと話していた。声は日増しに大きくなっていった。四五日経った頃、焼板の大きく裂けた所より犬がのっそりと出て来た。見ると腹を大きくして村の中をうろついていた黒い犬である。私を見るとそれ程恐れる風もなく、やや急ぎ足で裏の田の方へ走り去って行った。うろついていたのは産む場所を探していたのであろう。そして私の家の壁の破れが撰択の場所となったのであろう。

 生れ来たものは仕方がないとして野犬は困る。そうでなくてもその頃野犬が増えて夜歩きなどは危険を感ずることがあった。今の内に禍根を絶たなければと思って保健所に電話した。早速来て下さったが、密閉された床下では何うしようもないとのことであった。それで、可哀想であるが親犬の出入口を塞いで餓死させることにした。私は犬の力ではとても動かすことが出来ないとおもう石を探して来て裂け目に置いた。そして寝る前に一度見に行った。仔犬は前より激しく鳴いているが石はそのままである。私は安心と少しばかりの心の痛みを抱いて寝た。翌朝早く見に行った私は自分の目を疑った。壁の裂目から黒い親犬が出て来て走り去ったのである。見ると石はそのまま置いてあり、その隣の焼板が破られて壁土が落され、壁下地の竹が折られて丁度犬が出入りする位の穴になっている。私は驚いた。焼板壁土は兎も角八九十年経たと言っても壁下地の竹は人間の力でも折るのは容易ではない。それこそ一晩中かかって死物狂いで開けたのであろう。私は何か壮厳なものを見る思いがした。併し多くの人の迷惑を思えばそんな感情に関っていることはできない。私は亦石を置いた。それから犬と私の根較べが続いた。作業場の壁の外側は大部分石が並んだ。床下の仔犬は健かな鳴き声をいよいよ大きくしている。

 そんなことが続いた或る日、親の出入りする穴から仔犬が五匹這い出して来た。天気が好いので日光を浴びに出たのであろうか、丸丸肥って親に似た黒いのが四匹、茶と白の縞になったのが一匹である。私は好機至れりと走り寄って、穴の中へ逃げようともぐり込む最後の一匹を摑えた。そして頼んで保健所へ持って行ってもらった。併し私が捕えたのはそれ一匹のみであった。それ以後警戒心を増し、脚は日毎に速くなって行った。早く捕えなければ成犬になってしまうと会う人毎に語っていると、そんなら捕ってやろうという人が現われた。私は保健所の人でさえ匙を投げたものを何うして捕えるのだろうかと思いながら、獲れなくて元々と思い頼んだ。その人は翌日大きな網をもってきた。そして竿を探して来て犬の出入りの穴より少し離れた処に張った。そして少し時間が経って見に行くと、折柄の好天に誘われたのであろう四匹の仔犬が出て来て網の中で遊んでいるではないか。その人はそれを見るとずかずかと歩み寄った。私はてっきり仔犬等は慌てて穴の方へ逃げるであろうと思っていた。豈図らんや仔犬の逃げたのは網の奥の方であった。それを網でそのまま包み、竿を外して軽トラでそのまま持って帰ってくれた。

 その後やれやれとおもう半面流石に哀れであった。生命を賭けて壁を破った日々、犬は子を奪われたと知ってどのような狂乱の姿を示すのであろうかと寝ながら耳を澄した。併しそれに関る音は聞えなかった。翌日犬が近くに現われた。併し悠然と歩んでいるだけで仔犬に関心があるように見えなかった。私は信じられないものを見るような気がした。あのように悠然とし乍ら急に飛び掛ってくるのではないかという幻想を抱いた。それは杞憂であった。出入の穴も前日と変っていない。それでも四五日は私の家の周辺をうろついていたが、十日もすると姿を見なくなった。

 今思い出し乍ら私はペンを取っている。私はその時その破壊の執念と、取られた後の淡白な行動をつなぐものは何かと考えた。勿論それは愛情と愛情の消滅であろう。併しあの際立った激情と淡白は何によるのであろうか。私はそこに考えられるのは仔犬の鳴き声しかないとおもった。餌を探して外をうろつく親犬と、床下の仔犬をつなぐものは乳を欲る仔犬の鳴き声である。淡白というより無関心になったのはその声が聞えなってからである。斯る声とは一体如何なるものであろうか。

 私はそこに生命形成を見ることが出来るとおもう。現在地球上の諸々の生命の形相は、生命発生以来三十八億年の年月によって形成し来ったものである。無限の生死を介し、無限の生死の総括として現在の生命の形はあるのである。無限の生死を介するとは、生死を超えて、生死を繋ぐものがなければならない。私は断るものを声に求めることが出来るとおもう。声は呼びかけるものである。そこにあるのは我でもなければ汝でもない。我と汝があるのである。呼びかけ応えるところより我と汝が見られるのである。呼び応へるところに我と汝が見られるということが世界が露わとなるということである。われわれが言葉をもつということは、われわれは露わとなった世界の内容としてあるということである。私達がこの我が呼ぶとおもうのは、世界の一つの内容として世界形成的にあるということである。言葉とは世界が呼び交すことによって自己を露わにしてゆくものとして、露わにするものを蓄積し、世界形成の核となるものである。呼び交すことによって世界は自己を形成するものとして、無数の我と汝を内に包み、無数の我と汝を内にもつことによってより大なる中心へと歩みを進めるのである。斯る我と汝の呼び交しが世界が世界を見るものとして、世界が世界を見るということがこの我が我を見るということである。

 私は犬の生命形成も呼び応えるものとして声の形成にあったのではないかとおもう。 仔犬の乳を欲る声は三十八億年の生命形成の声なのである。その声に随うことによって自己の生命を見ることの出来る声なのである。猛烈な壁の破壊は、それに背くことによって己の命も失うものの行動であったとおもう。仔犬の乳を欲る呼び声は、犬の種が太初より形成し来った現れであり、未来に形成してゆく立脚点なのである。個々の生死を超えて種の存続をあらしめるものの現れである。そこに個の生命があるのである。生命は生死するものが、無限の過去と未来を内にもつところにある。個は無限の時を映すことによって個である。呼び交す個は逆に呼び声の中に生命をもつのである。私は斯る無限の形成的時の声が命令として親犬にはたらくのであるとおもう。そこに生きるものとして、親犬の必死の行動があったのであるとおもう。

 生命は生死するものであり、生死することに自己を形成するものである。死生転換として内外相互転換的である。私は声もそこに生れるのであるとおもう。仔犬の声は餓死を生に転ぜんとする叫びである。親犬の応えは種の中に生きてゆく自己の死生転換である。そして叫びには常に応答が予期されている。私は声の円環性とでも言うべきものがあるとおもう。背後に世界の自己形成というものがあるとおもう。円環性をもつとは自身に完結をもつということである。声を発するところを初めとして、応ふるところの終りをもつのである。初めと終りを結ぶのである。或は応えがないかも知れない。亦応えは必ず死を生に転ずるものとは限らないであろう。併しそこは無限の時を包む生命形成の現在としてあるのである。生命がそこにあり、それによってあらしめられるものに生きるのである。一々の呼び交しを一つの完結として、生命形成は完結より完結へと転じてゆくのである。私はカントの無条件命令というものも斯るものに根底を有するのであるとおもう。それは我の声でもなければ汝の声でもない、我と汝は対立し否定し合うものである。そこから完結は生れない。併し我の声、汝の声なくして声一般というのはない。生死をもつものは生一般ではなくして、何処迄も個としてこの我、汝である。完結をもつとは、この我汝の一々の声が形成的生命の無限の時を蔵することである。時の蓄積を担うということである。そこに個は個を超える、我の声、汝の声は世界を表わすものとなるのである。我と汝がそこに見られるものの声となるのである。我と汝の矛盾と対立も世界が世界を見るものとして呼びと応へをもつのである。そこにわれわれは飜えりをもつのである。我の声、汝の声が世界が世界を形成する声となるとき、われわれはそれに随わざるを得ないのである。

 人間は自覚的生命としてわれわれは声を言葉としてもつ、言葉は無限の時を蓄積するものとして、それは最早生得的なものではない、学習し、思惟するものである。生命発生以来の死生転換の総括として技術的構成的である。矛盾に生きて来たものとして、激情、絶望、希望、理想、悔恨、慰謝、救済その他全てを内に包むものである。斯るものとしてわれわれは言葉に表われることにあるものである。われがあるとは言葉に表白することによってあるのである。それによってわれわれは危機に対するのである。死生転換をもつのである。否言葉によって自己を見出したわれわれは、言葉が危機を作り、言葉が危機を救済するのである。そこに言葉は自己の豊饒を実現してゆくのである。言葉が自己の豊饒を実現するとは、何処迄も我と汝が死生転換の対話としてあり、我と汝の対話は言葉に於てあるということである。そこは我があるのでもなければ世界があるのでもない。世界が世界を形成するということがあるのであり、我と言葉は世界の自己形成の内容としてあるということである。

長谷川利春「自己の中に自己を見るもの」

色彩について

 何処迄も灰白色の砂の拡がった中程に帽子を被った人を乗せた馬が四、五匹立っている。蒙古の写真である。こう世の英雄成吉思汗の墳墓を探索に行った人が撮ったらしい。私は眺め乍らこの涯しないものを疾駆することより生れる大なるエネルギーを思った。それと同時に私が此処に住めることが出来るかとおもった。私は何うしても否と思わざるを得なかった。広漠たる砂の単調な色、それだけで一週間も居れば気が狂いそうである。それに対して私達の周囲は何と豊富な色彩に恵まれていることであろうか。山野は緑に満ち、草花は万色を競うている。空を飛ぶ鳥は各々羽毛の色を異にしている。しかもそれ等は四季の移りと共に無限の変化をもつのである。木の葉の緑一つにしても芽の萌え出る色、若葉の色、葉緑素を蓄えた夏の色、落葉する前の秋の葉の色と移ってゆく。このように変化する中に育ったものが、唯砂より太陽が現われて砂の中に沈んでゆく、その明け昏れに耐えられることが出来るとおもうことが出来ない。私は一つの地球の同じ地表にあり乍ら何うしてこのような差が生れたのであろうかと考えた。そして私達の周辺に豊かな色彩をもたらせてくれるものは有機質であり、単調な色の砂は無機質であることに気が付いた。それでは何うして有機質はこのように多くの色彩を持つことが出来たのであろうか。生命は三十八億年前に出来たと言われる。そして生命は出来た時には単細胞であったと言われる。そのとき果して細胞は多くの色彩をもっていたのであろうか。私はぞうり虫などの単細胞動物から類推するが、海中に極彩色の図絵を繰り拡げたであろうと思うことは出来ない。そうとすると生命は発展途上中に多くの色彩をもったと思わざるを得ない。それは如何に して可能だったのであろうか。私は考え乍らこの夏の経験に思いを馳せていた。

 私は夏になると好古館の東にある公園に行く。公園には多くの楠の木が植えられている。その中に特に大きな一樹がある。その枝葉を拡げた蔭となるところにベンチが置かれていて、そこを通う風が涼しい。私はそこに寝転んで本を読み、瞑想にふけるのである。そうしているとこの木の何処かに巣を作っているのであろうか、大きな目の紋様をもっている蝶が時折り舞降りてくる。私はこの目の紋様は何うして出来たのであろうかと考えたのである。その目は丸く鳥の目に似ていた。それでは何故鳥の目に似たものが翅に現われたのであろうか。私はそこに鳥の目への恐怖があったのではなかろうかと思った。恐らく棲息空間を同じく樹にもつものとして、蝶は鳥に襲われ続け、食われ続けてきたであろう。生存を続けるためにはそれに対して二つの方法がある。一つは逃げることである。一つはより大なる力をもつことである。蝶はその生命細胞の模索に於て、あらゆる逃走への努力をしたであろう。それと同時に強者への模索を続けたとおもう。私はこのより大なる力の形成の方向に目の紋様が現われたとおもうのである。襲われ続け、食はれ続けた目への恐怖をより大なる目をもつことによって克服せんとしたのである。舞い降りてくる蝶は、畠に於て菜の花やたんぽぽに止る蝶の三倍はあろうかという大きさであった。目の大きさはその翅の半ばを領じ、それは翅全体が目であると思わせるものであった。正確に思い出せないが、色彩は青や紫や黄の鮮かなものであり、幾層にも円を描いていた。それは如何なる鳥の目も及ばないであろう大きさをもつものであった。私はこの目の紋様は逆に鳥を威嚇せんとするものではないかとおもった。

 生物の身体は保護色と警戒色をもつというのを曽って読んだことがある。保護色は逃れんとする方向に、警戒色は威嚇する方向に生命が自己を維持せんと見出してきたものであるとおもう。生命を維持せんとして色彩が現れたということは、敵と我、生と死の中より身体の色彩は現われたということである。蜂の黄色と黒色は、太陽と闇の生命に最も強烈に迫ってくるものを求めたのであろう。それは他の生命に最も強烈に迫ってゆくものだからである。そしてそれは体内に他を殺傷する毒をもつという、細胞の力の確信から生れたのであろう。雨蛙は草に居れば鮮かな緑色をもち、樫の木に居れば幹の灰白色の網模様が現われる。それは唯他者の目を逃れることによって生存を保ち得る生命細胞の知慧の現れであろう。私は生物の生態について多くを知らない。故に雀や鷺の一々に論及する力をもたない。併し生態は生存維持としてあるとおもうものである。全ては生死としての自と他、生と死より現われたとおもうものである。私は有機体のもつ色彩の限りない多様は、何千万と言われる生物の種の生と死、他者と自己の織なす縞模様であるとおもう。

 植物も芽生えて枯れるものとして、生命としての同じ形態をもつとおもう。唯植物は 光合成をもつものとして、自己の成長エネルギーを自己がもつ、そこに否定と肯定の関係はない。植物が他者に関るのは花粉の媒介者としての虫である。それは否定してくるものではない。併しそれは種に於て存亡に関るものである。私は蜂や蝶の視覚構造を知らない。併しそれは千紫万紅妍を競うものである。私達は色彩と言うとき繚爛たる花園か、女性の晴着を目に泛べる位である。花の色も生死の中より作り上げられたといって過言ではないであろう。冒頭に書いた砂漠の単調は生死をもたない無機質の必然であり、索漠たる感じは生死を介して見出す生命の形相の稀薄さによるのであろう。

 死は悲しみであり、生は喜びである。生物が生と死の相克の中から色彩を見出したということは、私は色彩の根底には深く喜び悲しみが潜んでいるとおもう。勿論太陽の光線に喜び悲しみがあるというのではない。それをわれわれが見、見ることによって自己の内容とするとき、その視覚の構成に於てよろこび悲しみが潜み、潜むことによってはたらくものとして見るというのである。否定と肯定の、生と死がはたらくというのである。月見れば千々に物こそ悲しけれわが身一つの秋にあらねどと歌った人に差した光りも、「この世をばわが世とおもふ望月の欠けたることもなしとおもへば」と歌った人に差した光りも、物理学的には同じ光りであろう。併しての二人が月を描くときその色彩が異なるのではあるまいか。それは二人の人が月を異った色彩で見ているのである。そして私は色彩はそこにあり、色彩の豊潤はそこより生れるのであるとおもう。動物の身体の色彩、花の色彩の無限の多様はこれと同じ生命の原理がはたらくところより現われたのであるとおもう。

 色彩に暖色、寒色というのがあるというのを読んだことがある。私は以上のような私の考えを踏まえて、逆にそこに色彩の本質があるようにおもう。暖と寒を分つものはこの我の体温である。暖は生の肯定の方向に、寒は否定の方向に見られるのであろう。私は浅学にして何色を以って暖色とし、何色を以って寒色とするかを知らない。 唯漠然と橙色のようなものを以って暖色とし、青色のようなものを以って寒色とするのではないかとおもうのみである。橙色には太陽の光りを一杯に受けているような感じがある。青色には太陽の光りを吸い取って仕舞ったような感じがある。ともあれ私が言いたいのは、われわれのもつ色彩は情緒と表裏一体としてあるのではないかということである。情緒は動的生命としての身体の直接の表れである。それは生死を軸として表われる、喜び悲しみは一瞬一瞬の生死の方向への表れである。色彩の現われが生死を基礎とするとすれば、色彩は身体の皮膚が描く生命の情緒ではないということである。正確には何うしても思い出せないが、曽って何かの本で発情期になると皮膚の色が変る動物、怒った時に鮮明になる動物の記事を読んだことがあるようにおもう。人間でも怒ったときに満面朱をそそぐと言った言葉がある。植物は情緒を持たない。併し花のもつ色彩は内の現れとして、一つの生命の明化として、動物の情緒のあらはれに比すべきものがあるようにおもう。

 われわれが色彩を見るのは現われたものによって見るのである。われわれが最初単細胞動物であったとき、われわれの目に映るものは唯の混沌であったであろう。それが自己と他者として識別すべき色彩をもった、そのとき目は識別するはたらきとしての能力をもったのである。色彩をもつことによって識別する能力をもったのである。目があって色彩があるのでもなければ、色彩があって目があるのでもない。色彩と目に自己を具現する無限な生命の創造の内容として色彩と目があるのである。現われることは見ることであり、見ることは現われることである。色彩を対象として、目を主体とする通常の考えからは、対象的方向に無限の色彩の世界があり、目をそれを開いてゆくと思われる。併し対象と自己というものからは、色彩の世界があるということを如何にして知り得るか、目は如何にしてそれを開くことが出来るかを明らかにすることは出来ない。後者は前者を抽象することによって得られた概念であり、前者を踏まえてのみ説明することが出来るのである。

 色彩と目が創造的生命の内容として顕現するということは、自覚的生命としての人間に於て、必然的に芸術への発展をもつことであるとおもう。自覚とは対象に自己を見ることであり、対象に自己を見るとは物として製作することであり、製作するとは手を加えて見ることである。画家は描くことによって見るのである。それは対象を写すのではない、内なるものを表現するのである。否対象を見るというとき既に内なるものの目をもって見ているのである。自己を形成し来った時間の深さに於て、自己のあるべき姿を見ようとする目がはたらいているのである。表現とは無限の過去をもつものとしての生命が、現在の生死、否定と肯定の転換をもつことである。そこに新たな形が生れるのである。画家はそれを描くことに見出してゆくのである。手は物を作り、物は作る者を超えるものとして世界を形成する。手を加えて見るということは世界が現われることであり、世界が現われるということは、われわれの本来の相が世界としてあり、本来の相を実現したということである。斯くして描いたものを世界として、世界に自己を映し、自己に世界を映すことによって無限の内面的展開をもつのである。新しい色彩を見出してゆくのである。私は自覚的創造的生命としての人間の色彩はそこにあるとおもう。而して世界形成的に色彩が無限の展開をもつということは、色彩が情意の形相的顕現としてあるということである。生死をもつ生命として人間生命は常に危機として存在する。危機の自覚として人間は死そのものに対する、蝶の如く鳥の目によってのみ死に対するのではない。自己としての死の観念に於て死と対するのである。そこに威嚇や逃避と異った色彩を生んでゆく、そこにより大なる憂愁と歓喜をもつ、日常の全てに生と死の翳を宿すのである。日常の微かな変化にも否定と肯定の綾を見るのである。私は画家の表現衝動はそこより生れるとおもうのである。自覚的生命として現在の底は無限の過去と、無限の未来につながる。歴史的形成的生命として日常の一々は永遠を宿すのである。瞬間が永遠を宿すということが生と死の翳を宿すということである。表現とは一々の瞬間に現われる永遠を形に見ることであり、創造とは色彩で言えば多彩となることである。色彩の愈々豊富となることが視覚の創造である。

  描くことによって見るとは、描いたものを外として、それに対することによって愈々深 き自己を表さんとすることである。外としてそれに対するということは、描いたものが自 己を離れて世界の内容となることである。それによって自己を見るとは、自己も世界の一要素として、世界が世界を見るということである。自己が自己の底を見るとは、自己が未だ知らざる自己を見ることである。併し私達は知らざる自己を見ることは出来ない。知らざる自己を見るということがあり得るためには、自己の底にはより大なる自己があるのであり、その大なる自己が自己を開くということがなければならない。その大なる自己が世界であり、生死は開く鍵であり、製作は行為である。

 画家は画布の前に立ったとき、如何なる形が生れるか知らないという。目が手を動かし、手が目をはたらかすのである。色彩が色彩を呼び、線が線を生むのである。無限の喜び、悲しみが自己の露わなることを求めるのである。無限は世界の内容である。画家は知らざる手に導かれるのである。私はそれは限り無い生死の底に、蝶の翅が生んだ鳥の目と紋様と同じ生命がはたらいているとおもう。そして鳥の目にない鮮かな色彩が現われた如く、対象の持たない微妙な色彩を生んでゆくのであるとおもう。世界が世界を運ぶところに画家の目がはたらき手が動くのである。

 自然は芸術を模倣するという言葉がある。描くということは目を作り、手を作ることである。私達が見るとは見出したものを内容として見るのである。見出した色彩が見るものとしてはたらくのである。見出した色彩は現在の情緒の現われとして、現在の生死として次の現在へと移ってゆくのである。見出されたものを足台として、次のより大なる世界へと歩を進めるのである。そこに生命形成の世界があるのである。見出したということは見る目を作ったことである。豊富なる色彩を見たということは、豊富なる色彩を内容とする目をもったということである。見るとはその目によって見るのである。自然は芸術を摸倣するとは、われわれは自然を見るときにこの目をもって見ることであるとおもう。自然の色彩と形は芸術的創造の目によって与えられるのである。人間の内面的発展の目によって自然は形をもつのである。或は自然はわれわれを超えたものである。何うして人間の内面的発展によって自然の形を作るかと言われるかも知れない。併しわれわれは自然に触れることによってのみ自然を知ることが出来るのである。触れることによって自然を知るとは、自然とは体験の露わなものであるということである。自然がわれわれを超えているとは、われわれは自己の底に自己を超えたものをもつということでなければならない。体験が露わになるとは、斯る自己の底に自己を超えたものが露わとなるのである。これを露わにするのが手と目であり、露わとは世界が現われることである。自然は自覚的生命の、世界形成の内容となることによって自然である。われわれがそこより出で、そこに帰るものとして自然である。自然は芸術を模倣するとは、芸術創造によって自然は新たな息吹きをもつものとなることであるとおもう。芸術創造によって自然は新しい色彩をもち、新しい生命をもつものとなるのである。そこに世界が世界を運ぶということがあるのである。十八世紀の自然主義とか、現在の自然観といわれるのは、自然は常に人類の世界創造の内容であるということである。

 感覚は識別作用であると言われる。識別とは視覚に於ては色彩と色彩を分つことである。私は、識別には注意作用が必要であるとおもう。そして注意作用は深く根底に生死の翳を宿すとおもう。生死の翳を宿すことによって生命細胞は、太陽光線による七彩とその中間色を皮膚に現わしたのであるとおもう。画家はその上に立って無限の色を見るのである。私は斯く考えることから注意作用は創造作用であり、識別は創造の内容であるとおもうものである。而して創造作用は見られたものが見るものとして、無限に新たな識別をもつのである。新たな識別をもつとは、新たな情調が生れることであり、新たな情調は更に新たな色彩を生んでゆくのである。それを色彩より見れば色彩が色彩を生んでゆくのである。そこに注意は変化に敏感であると言われる所以があるとおもう。画家は全身が目となると言われる。感覚は創造的生命の身体の尖端して無限に動的発展的であり、そのことは赤色彩が色彩の内面的発展をもつということである。私は斯く創造的であることによって感覚は識別をもつことが出来るのであるとおもう。識別とは新たなものを生むことによってもち得るものであるとおもう。

 純なる目を持って見るとき、見るもの全て美しいと言われる。私は純な目とは創造的生命として、色彩が内面的発展をもつに至った目であるとおもう。芸術的創作の目であるとおもう。生死を宿すものとしての最初の色彩は恐怖すべきもの、勇躍すべきものであったとおもう。そしてそれは発展するに随って快適なるもの、嫌悪すべきものとなったとおもう。それは対象がこの我と否定と肯定に於て対立するものとしての色彩をもつものとしてあるということである。この我としての目で見る限り、対象は否定と肯定に於て対立するものとして好きな色彩と、嫌いな色彩に分れるのである。女性が服装を択ぶとき、識別は尚この段階に止まるとおもう。芸術的創作とは更に深き自覚の上に立つのである。道元禅師は「生死即涅槃と心得て、生死として厭うべくもなく、涅槃として希うべきもなし、このとき生死を離るる分あり」と言っている。画家の創作は斯る生命の視覚的実践である。生命の否定と肯定の底には大なる調和があるのである。色彩はこの調和を実現するものとなるのである。それが色彩が色彩を生むということである。色彩が内面的発展をもつということである。そこに於ては最早現実の生死が色彩を決定するのではない。生と死は映し合って無限の色彩を生むものとなるのである。生と死に於て否定し合う色ではなくして、否定と肯定を陰翳として一を実現する色彩となるのである。生と死の交叉こそが本当の豊かさを実現する色彩となるのである。生死即涅槃として、全身目となり、知らざるものに手が導かれるのである。

長谷川利春「自己の中に自己を見るもの」