髪の毛の白くなりたるいきさつも鎌の鋼に写し来りし 耕転機出で来て牛馬を飼育せず鎌の売行きその時に減る 手作業の苦痛否まれ休日の原は機械の唸りの高し 耕転機草刈機にて減りし鎌は稲刈機にて駄目押しされる これが底これが底ぞと言ひゐつつ職人居れば鎌売りに出る 無人駅となりたる峡のプラットにて老夫掃きおり乗る人のなく 流れに沿ひ飛びゐる白き鷺のあり暫く我の車窓と並ぶ 崖の下走る列車となり来り尾花は空の青きにゆるる 紫式部一つ一つの紫の並ぶ実充ちて光り返せり 亡き母を思ひおりゐて声の出で何事なるかと妻の問ひたり 峯に峯重ねる木曽の山見えて百草丸の看板掲ぐ 杉山の小暗き中に川の水岩にたぎてる白き泡見ゆ 木の幹の小暗き蔭に飛び来り蝶々は翅を閉し切りたり 無人駅に列車を待つは一人にてこまかき花を蜂のめぐれり 冬の田に鳥追ふテープの残りゐてそこのみ赤く光るさびしさ 輝ける山のみどりも暫しにて冬空は雲の往来のしげし 夕映えが鳥追テープに亘り来ていきいき冬を赤く光らす 落ち来るわくら葉一つ手にとりぬ成れる精しき葉脈のあり 草低く枯るる冬田に残されて案山子は大手ひろげ立ちたり 乳張りし女の裸の人形が藁帽被りて川田に残る 揉まれたる風のままなる向き向きに尾花は秋の光り返せり 間伐の終りし林一斉に日の透くみどりの葉群さゆらぐ 山の襞深き翳なす雄々しさに伊吹山系峯を連ねる 空に向くサルビヤの紅咲き盛り秋の真昼の光り澄みたり ばらの花は冬も咲くらし山深き無人の駅に挿せる人あり かすかなる風の吹き来て花群はもたれ合ひつつ寄りつつさわぐ 5 古き地図宿屋にありて草鞋はく人の歩みし道細きかな 灯を受けて宿の机に向ひゐる我あり明日は祈りなるべく 道元の本を読みつつ目を閉じぬ解くを得ざりしものの導く 白髪を灯に曝しゐるのみに夜々の過ぎ行く残るいのちか ダイヤルを廻して離るわが家に起れることの何かあらんか クレームのありたる店の近くなり嘘の言葉もいくつか整ふ 田の中に忘れられたる道しるべこの古地図に岐れるところ 山峡を乗り来りしは一人にて時間調整バスの行ふ 門前に土産物店並びゐて一人の我に呼ぶ声すくなし 石階に生えゐる苔の新しく近頃詣でる人の少なし 雲しのぐ杉の木並びしめ縄を張り目らすは神降り来ます 祈りなす人の少なき拝殿は蛇のぬけ皮しろしろと伸ぶ うぶすなの神を祀りしこの宮居今は祈りて産む物のなく 落葉敷き荒ぶる宮居滅ぶるは時経しものの必然にして 芋の葉の黒くちぢみて枯れておりこの山中は早霜の降る 空高く風吹きゐると行く雲は飛びゐる先を裂き継ぎ止まず 冬の風梢を鳴らし一本のもみの木高く原に立ちたり 穂の高さ揃ひてゆるる尾花原そのほほけたるふくらみ愛す 半ば程霜に枯れたる芋の葉の黒くなりゐて夕べしずもる すぎ越しの日日の思ひもすきとうり秋の林の下蔭のあり 大方の下葉は枯れて葛原の残る青葉に秋日照りおり 群なして蜻蛉飛べるは妻問ひかこの里雪の降る日の近し ガードレール塗りかへられて白新し澄める光りは歩みの高く はすかひに我を見上げし幼な児はにっこり笑ひ走り去りたり 考古館と書きし看板掲げあり他所のいにしえ見るにものうく 全山をゆりゐるみどりの葉群髪国津産土神ぞ立ちたり わが髪に似たる思ひのさびしくて枯れし疎らの草に日の照る