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不景気と雷族の絶えしこと偶然ならん静かなる街
癒えて来てしばらく命保つらし読みたき本を書店に探す
つかの間を揆けて散るを愛しゐて孫と夏夜の花火を囲む
一枚のシャツを着重ね増し来たるわが体温に出でてゆくかな
時ながき蔭に生ふ草少なくて大きなる木の下水のひそまる
ながながと倒産せるを語りくるるわが倒産をせぬ声高く
古沼に幾年継ぎて水草の冬を潜める黒き根が見ゆ
満開の桜の花の饒舌に君と行かんか言葉携へ
カーテンを閉ずれば個室開けたれば共同の場に病室のあり

見の広き池となりゐて鴨が押す立てゐる波が光りを交す
生きてゐることに過ぎゆくにちにちに病室の窓眺めゐるかな
吹き荒れしひと日の過ぎておのずから瞼垂れくる日差しの亘る
こめて来し霧にいただき高くして天に浮ぶは畏み仰ぐ
岩と岩囲ふところの波収め底ひに砂のゆれて動きぬ
白き壁目に立ち冬の街のあり葉の枯れ落ちし梢の細く
ほくほくと我は食べ居り焼栗の揆けし一夏の日差しの量を
羽搏きて窓を掠める黒き影鴉はねぐらへかへるをを急く
松葉杖立掛け夕焼見る人と窓に並びて没陽の赤し

彼よりもましとの思ひふと兆す病みゐる心衰へしかな
月光は落ちたる紙に白くして渡れる天の澄みとほりゆく
涙もつ体に生まれし不思議さに思ひ及べり涙ぐましも
海底に這ひゐし魚の大き口開きて箱に並べ売らるる
わたつみの寄す群青の波の背の鯖放られて土間に散ばる
流れゐし雲去りゆきて晴れわたり果なきものに瞳向ひぬ
煮魚の骨の数多を疎みつつ骨が支へし魚体にありぬ
芽吹きゐる下に枯葉のくさりゐて一年とふをわれは見てをり
散り落ちし枯葉の腐りゐることもいのち蓄めゐる大地を歩む

階多く重ねるビルの間に立ち円型のタンクのっぺらぼう
赤い舌窓より垂らすバーゲンの広告眉に唾つけるべし
指折りて正月迎へし幼な日の情景ありて床に臥し居り
靴下の織目を写す脚となりひと日はきたる靴下脱ぎぬ
けものらの眠れる夜を開きゆき電飾空に輝き循る

同化作用持たぬ葉群となり来り散りてゆくべき冷ゆる風吹く
おのずから葉の散り落ちる林あり身に受けるべく歩みを向けぬ
降りかかる散り葉の中に立止まり頭と肩を打たせていたり
かすかなる風に散りゐる葉のありて至り難しもおのずからなる
埴土に対き山を削れるブルドーザ人生きてゆく黄の意志は顕つ
ゆれいつつ我を運べる車窓にて老ひては移れるものを怖るる
たちまちに青き起伏の輝きて甘藍畑に日の差し来る
与へらる死の有りようを問ひゆけばみずうみは夜の眼を開く
曇天に田は一さまの平にてもやひし山に車窓近ずく

2015年1月10日