無題 (7)

八十を楯にあやまち庇ひゐて今日も過ぎたり明日からも亦
さまざまの医療具とつなぐベットにて使はれざるが良しと備はる
ひるがへる自在に鳥の飛びゐるに安静の眼窓を距てつ
変身の誘ひしきりに透く服のショウウインドウにぶら下りたり
鎌で草刈りゐる顔が先ず浮ぶ男にありて病みて臥せると
羽重き唸りに蜜蜂飛びゆきぬ耐へて生くべき性に生れし
暮れて来て点れる店に人並び鉢食ふさまにラーメンすする
左手に串焼持ちてコップ酒飲みをり今日を働きし声
星辰とつなぎて夜の眼ありしみじみ人に生れけるかな

それぞれの室のもちゐる断絶に大きなビルは並び建ちたり
公民館に明る過ぎゐる灯の点り唯事ならぬしずけさに照る
得たるものに執着少なき我の性握力弱きに関るらしき
一輪の花がもちゐる完結を屈み眺めて問ひつめ飽かず
照り出でて窓の紅葉に光り透き抹茶を点せる手許明るむ
吹き来る風に再び転びゆき落葉に安らぎ与へられゐず
泥と水分れて上の水の澄み豪雨止みたる一夜明けたり
吹き溜るくぼみのありて転びゐし落葉はそこに重なり合ひぬ
くり返し倒産の話してくれぬ高き笑ひの声も混へて

脚の力弱くなりゐて幼な日に心かえれる歩みなりけり
転び来し葉は翻り転び去る枯れきて枝を離れ落ちしは
窓開けて吾の吸ふべき新たなる空気流れて室を満しぬ
枯草に雨降る言葉紡ぎゆき紡ぐ言葉に雨降りつづく
青亦の電飾空を占めてゆき闇を拓けるいのちの動く
電飾のめぐれる下を歩みゆき原色渦巻く肉体をもつ
安静の二旬が過ぎて唯に臥す己が在り処の言葉をさがす
地下の水涸れたる木々の肌乾き吹きくる風に枯葉を落す
明日ありと眠りしならず横たへし瞼に意識うすれ来りし

黄葉紅葉燃え立つ木木の開きたる瞳となりて歩みゆくかな
風船に針を刺したる如き萎え我は病床に横たはり居り
もう死ぬと思ひたりしが癒えの見へ今暫くを生きて居らんか
書き綴るペンの先より生れくる言葉に動く指となりゆく
ふり向きてわが顔ありし窓ガラス眠らん今日の闇ふかまりぬ
子の恩師岡田先生いちはやくリボンを結び花を賜る
晴れたりと思ひし空の亦時雨る秋の天気の如く病み居り
花びらを落せる花に算えられわが入院の半月過ぎぬ
考へて成ることならず食ひをへし休みの時の体横たふ

泥の手に顔振り汗を落したる男再び屈まりゆきぬ
勝敗のその簡潔の好ましくテレビに相撲のスイッチ入れぬ
われの意志超えゐて事の進みゆき無力の腕に頬を支へぬ
安静に臥せてゐる身は暮れなずむ秋のもやひに瞳置き居り
にちにちの臥して過ぎゆく病める身の今日の曜日を問ひ糺したり
濡れし羽根しばしば振ひ落しゐし鳩もいつしか消えゆきたり
ふくらます羽根に振ひて雨落し鳩は飛立つ羽づくろひなす
びっしりと車の駐まる広場にち変りて居りて街の明けちゅく
蹴るボール追ひて走れる人の群シャツに光りの流れゆきつつ

霞み来て摸糊と拡がる街となり球形タンクの簡明が顕つ
若物は夏を走れり雫なす汗流るるを恩恵として
羽根打ちて鳥の飛びゆき大空は果しのあらぬ青となりゆく
ながながと寝て思へり結局はこの安らかにかへりゆかんか
明けてゆく道にライトの増し来り競ふ早さに走り過ぎゆく
紅に一葉一葉を染めたるを散りて跡なく裸木立ちぬ
億年の光りの届く夜の空に悲しみ小さし捨てて歩まな
読みしだけ書きたるだけの我なると残さる日日の灯りを点もす
刃なす氷の光り万の虫眠れる土を覆ひ張りたり

限りなく虫潜ませる冬の土夕影ひきて帰りゆくかも
奔流の如くライトの走りゆく暗き闇へと眼いこはす
振り合へる手を引き離しエレベーター閉ゆき一人の歩みを返す
窓に置くびんに日差しの及び来てびんがもちゐる緑を散らす
らんらんと窓を点して夜のビル競ふ高さに立ち上りたり
萎れつつ残る蒼の開きゆきびんに挿したる花房ありぬ
如何ならん数値出るかと血圧計見てをりわれの体を知らず
腰痛み動き得ぬ迄歌会の作品集め刷りてくれたり
アパートの窓に干物溢れさせ日差しは背中暖めて照る

隣床の人は鼻より管差すを退院の足罪にも似たり
夜の水は光り集めてしろしろと迷ふ眼を照してゐたり
行方なき一人の歩みとなれるとき白く輝く雲の生れたり
落ちる陽は今日を茜に輝きて蝉のむくろを照してゐたり
同化作用失せゆく固き葉をそよがす風の冷えもち初めぬ
おのずからほほえみ生れて記憶もつ人の瞳と瞳出合ひぬ
軒下の草のいつしか緑増しそよがす風のひかりふふみぬ
わたくしの知らぬわたしの事を問ひ知らぬと言へば隠すなと言ふ
照り出でてアパートの窓のすすぎもの色それぞれの光りを返す

昨日読みしところを忘れ進まざる本を開けり飽きてはならぬ
砂に水かけるが如く読みしときのみを覚えて本をめくりぬ
つぼみまだ半ば残りて花房の枯れをり天に向ひしままに
月光を登れば月に至るべし冬の夜冴えて裸木に掛る
たわふだけ風にたわひて折れし枝掻き寄せられて火にくべられぬ
開きたる目より涙の溢るるを溢るるままに傍に立ちをり
大き間口小さき間口に並びゐて営む人の出でて入りゆく
プリズムに分ちし色どり撒き散らし花園に花咲きて満ちたり
背の温む光りの沁みてたんぽぽの花より春を掲げ来りぬ

たんぽぽの花と差しくる光りとの交せる中を歩みゆくかな
光り射す紫集めて咲き出でしすみれの花を嗅ぎて寝るべし
立つ爪に飛びゐし鳶はわが言葉さらひて山に消えてゆきたり
深き穴掘られてをりぬいにしえにけもの陥して獲りし暗さに
光り増す風となりゐて地低くたんぽぽの花は開き初めたり
店頭に強き陽射しを集めたる南国の花飾られありぬ
打つ波がやしんふ脚の赤銅の猟師大股に歩みて来る
注ぐ湯に開く桜の花びらの春行楽の友を浮べつ
いくつにも裂けゆく花火乱れ滅ぶもの美しく展きゆきたり

時ながき煙にくすむ巨きなる煙突が統ぶる空間のあり
ノストラダムスの予言の年の来るれば次の終末生まねばならぬ
肩に手に触れて散りくる花びらのひける光りに包まれてゆく
艶をもつ細き緑の密々と草は田の面を覆ひ来りぬ
照り出でて透くあさ緑春となる田の面に草は競ひ萌えたり
竹の子の伸びる芽地中に調ふを掘り居り金に代へんがために
薬戴せるワゴンを押して夜を廻り看護婦は何時眠るとあらず
雪もよふ空を渡れる雁の群くずれぬ列に山を越えたり
冬ながく乾きし土に竹の葉の色は褪せつつ伸ばす根をもつ

振る腕にたすき受ると待つ走者足を上げ初め駅伝熱し
色褪せし竹の葉打てる細き雨春を待ちゐるつぶやきをもつ
はなびらに山盛り上げて花咲きぬ統べねばならぬいのち持たり
切尖に土を開きて筍は伸びねばならぬこの世に出でぬ
夜を降れる雨に舗道の濡れ来り点る灯りを集めて光る
われの目を開きて朝の明け来たり雀生きゐる鳴く声伝ふ
死者をして死者葬らしめわれ生くるああ戦に死にたる友よ
このここに道に迷ひし人ありき右じょうどじ左うれしの
手術するかせぬかの検査何事と思へど口のしきりに乾く

夕闇を鎧ひて迫る山となり一夜こもらん窓を閉しぬ
地の中に調ふ新たな芽のあらん竹の葉褪せて寒風に鳴る
なびく葉の緑褪せたる冬の竹乾ける庭を影の掃きゆく
何事のありてナースの走り過ぎわれは己れの首廻し居り
巻く渦の空洞作り空洞の巻きつつ水の流れ出でゆく
漂へる小舟の如く検査受く明日待つ体を床に横たふ
明日の検査如何になるかと無駄なこと亦も思ひて時過ぎてゆく
生かされてゐると言ひつつ悪口を言はれたと怒る声を出し居り
影として霧の中より現はれて影とし人は去りてゆきたり

飛ぶ声の突き出す頭の先端に尖るくちばし神はつけたり
溜飲を下げたき万の目を集め打者はバットを上げて構へぬ
フェンスを越へゆくボール数万の溜飲下げゐる眼が追ひぬ
道乾き木の幹乾き我の目の乾きて冬の風の吹きをり
めぐらせる思ひに明日は恐ろしき顔をもちゐて立ち上りたり
雨防ぐ構へし屋根を仰ぎをり縄文展を見ての帰り路
ねぐら指す鴉窓を過ぎてゆき夕餉の灯り人等点もしぬ
けだものの眼となりて飲食の鉢の並べる前に立ちたり
ガラス戸の向ふの闇にわれのあり昏るる深さに現れゆきて

2015年1月10日