同調行動

 5月8日から新型コロナ感染症は「2類」から「5類感染症」に法律上変更されました。これは新型コロナウイルスがいなくなったわけでも、感染力が無くなったわけでもなく、例えば担悪性腫瘍患者、免疫抑制状態にある移植後患者など、ウイルスへの易感染者が多い病棟や高齢者収容施設などでは、引き続きマスク着用や手洗いなどが推奨されています。ただ、感染した場合の重症化するリスクがかなり低下し、これまでのように社会生活を犠牲にするほど徹底的な予防は必要でない一般的な病気と同じように扱って良くなったということです。しかしながら、いまだに街中ではかなりの人がマスクをしており、街頭インタビューなどを聞くと「とりあえず今まで通りにして、周りの人の動向を見ながら徐々に外すことを検討します」という意見が多いような気がします。また以前のように「自粛警察」など他人には厳しく攻撃するような人に忠告するとの意図もあり「個人の責任にゆだねる」ようになったと思われます。

 以前、このような「同調行動」は「マーマレーション(周囲の仲間の目印やシグナルを受け取ってまとまった集団行動をすること)」と呼ぶと言いました。これは我々人間を含む動物や細胞や遺伝子など、生命現象を司るものに備わっている原始的な行動形態で「コロナ感染におけるマスク非着用者に対する自粛警察」「SNSで広がる誹謗中傷」さらに「ナチスや軍事政権」など、大きな悲劇につながる可能性があるなどと言及したことで、かなりネガティブな印象を持たれたことと思います。また作田忠司リーデンローズ館長が哲学者「ハンナ・アーレント」のことを述べておられ、私も矢野久美子著の伝記を読みましたが、彼女は何故ドイツでナチスのような全体主義が台頭したかについて、詳しく分析されています。つまり「客観的な敵」を規定することが「全体主義」の本質であるとし「客観的な敵は自然や歴史の法則によって体制側の政策のみによって規定され、これらは効果的に人間の自由を奪う」としています。一旦「客観的な敵」が規定されると「望ましからぬもの」「生きる資格の無いもの」という新しい概念、グループが出来上がり、「客観的な敵」に属さない「大多数の人々」はこれに賛同し、また「同調圧力」が加わり「大虐殺」に至ったとしています。「大多数の人々」がこのような「均一性」を自覚することが最も根源的な問題と思われますが、これを阻止するためには個々人の特性を認め多様性を受け入れれることが重要と思われます。

(2023.6)

ハワイ現地でのコロナ感染対策

 ハワイ現地での感染対策については、私は1日3回の鼻うがいと飛行機内などではマスクを着用していましたが市内では殆どの人はやはりマスクをしていませんでした。呼吸がしにくく息苦しい、熱中症になりやすい以外に言葉が聞き取れない、表情が分からないなどの問題が指摘されており、少しだけ話したアメリカ人も「何故日本人はマスクを抵抗なくするのか」と不思議に語っていました。日本語は母音が強調されるため、マスク越しでも声が良く通りますが、英語などは子音が主になるため紙や布を通すと伝わりにくいのです。また欧米人は口から発する言葉とともに口許で感情を表現するのに対し、日本人は目で感情を表すと言います。よく小説などで契約が済んだ後「双方談笑し合っていたが、目だけは笑っていなかった」とは良く目にするところです。ANAの客室乗務員(CA)さんの顔は大きなマスクで覆われ、髪型や目元だけでは誰か判断できず常に胸元を視て名札を確認しましたが、私の視線はスレスレであったかも知れません。面(おもて)を使用した芸術、「能」を大成させた世阿弥は「風姿花伝」で「秘すれば花なり。秘せずは花なるべからず」と言いましたが、隠していた方が価値があるのだという、日本人の感性を表しております。帰りの便の機内でビールの入ったコップを倒し、辺りにぶちまけてCAさんを呼んだ時には「良いですよ。大丈夫ですよ」とにこやかに言ってくれましたが、あの目は明らかに怒っていました。物事の本質が隠されることを「マスクされる」とも言い、良い意味にも悪い意味にもとられるようです。(2022.10)

  

マスク
能の面(おもて)(Wikipediaより)

私のコロナウイルス水際対策:鼻うがい

 私はコロナウイルス感染がまん延してきた2020年当初より「鼻うがい」による「水際対策」を行って来ました。最初は毎日真面目にしていましたが、状況が緩和するとサボり気味になりました。しかし今年の7月頃から周りの知り合いが多く感染するようになると、最近では勤務中と帰宅後の2回きっちりするように心がけています。結果、今のところは明らかな感染には至っていないようです。我々が呼吸をするとき、激しい運動などで口呼吸に頼る以外、通常外界の空気を鼻から吸って鼻腔、咽頭、喉頭を経て肺に取り込みます。鼻呼吸により吸い込まれる空気にはウイルスや細菌、花粉や塵埃などの異物が多く含まれ、殆どが上咽頭から体内に取り込まれます(図)。上咽頭とはPCR検査の時に鼻の奥に突っ込まれて検体採取される、あの痛い嫌な部分のことです。喀痰などの飛沫、接触感染よりも空気(エアロゾル)感染が主な経路であることが分かってきたコロナウイルスは鼻腔から吸い込まれこの上咽頭での接触が感染のきっかけになります。ただ、たとえ陽性になった時でも上咽頭にウイルスが付着しているだけで、1-14日の間に身体に侵入して初めて発熱や喉の痛みなどの症状が出てきます。これらのことから、咳やくしゃみ、会話や呼吸などで放出される飛沫ではなく、空気に漂う細かい粒子は、容易に鼻腔から上咽頭に至るためこの部分を頻回に洗浄することが重要であると言うことができます。通常の喉のうがいだけでは不十分ということです。但し、実際に鼻に水を入れると、プールで水を吸い込んだ時やワサビや辛子を食したときのように鼻に「ツーン」とくることが想像され皆さん嫌がられるのですが、これは浸透圧の差から来るもので、生理食塩水のような濃い液では殆ど痛みや副作用はありません。私は「ハ〇ノ〇」というのを使っています。(2022.9)

鼻腔の解剖図
鼻うがい専用容器(小林製薬HP) 

新型コロナウイルス濃厚接触者

 先日、私は遂に「新型コロナウイルス濃厚接触者」に認定されてしまいました。

 認定と言っても「○○学会認定医」「△△認定看護師」などと異なり認定証もなく、メリットどころか犯罪者の烙印を押されたような印象があります。

 感染まん延以来当初より山陰地方の陽性者は少数を誇っていたのですが、7月に入ってから急増し何か嫌な予感はしていました。病院には小さなお子さんがいる看護師さんが多く勤務されており、そのうち1人が感染され全員濃厚接触者と認定され「早く家に帰って、ウロウロしないように」という命令が来ました。歯科受診など予定していた計画は全てキャンセル、この日予約していた4回目ワクチン接種も延期となりました。翌日PCR検査をして全員陰性が確認された後、夜になってようやく放免されたのです。最近のデータで、コロナウイルス陽性が確認された人との濃厚接触者のうち、いつも一緒にいる家族の約半数が陽性と判明するみたいですが、職場などでは陰性のことが多いようです。

 一般に手術においてはサージカルマスクの上にガウンのマスクをして対策をします(上図)。それで穿孔性腹膜炎で細菌だらけの腹部、消化管の手術や移植後でエプシュタイン・バーウイルス、サイトメガロウイルスに罹っている臓器の手術、時にエイズウイルスや肝炎ウイルス、RSウイルス肺炎を併発している時にも対処していますが、これで罹患したということは殆ど聞いたことはありません。これ以上対処するならN95マスク以上の防護マスクが必要になるでしょう(下図)。

 今回の検査や自宅待機なども「念のため」という理由が大きく、日本人が好む「念のため」に多くの労力が割かれており、必要な人に治療が及ばない、かなりの人が仕事に行けないという現実もあります。これを是正するために「必要が無かったら救急車を使わないように」「軽症者はなるべく病院に来ないで自宅で検査をしてください」或いは「濃厚接触者の認定をしない」など、代替案が出ています。(2022,8)

手術室の模様
防毒マスク

感染症文学序説

 小説は人生の喜び、愛、欲望、憎しみ、悲しみ、死、戦争、革命、事件などあらゆる事柄をテーマにしておりますが、有吉佐和子の「恍惚の人」のように認知症を扱った医学的な小説もあります。前月号でリーデンローズ館長の作田忠司氏が「音楽小説」のことを書いておられたので医学の中でも感染症に関する面白い本が出たので紹介します。今の流行に因み2021年5月に発行された「感染症文学序説」という本で、著者は国文学者・民俗学者で東京学芸大学教授の「石井正巳」氏です。

 多くの文豪たちが「感染症」を重大なテーマとして書き残していますが、時代とともに作品は埋没し評価も一定ではないとし、石井氏は「それでもやはり、感染症の実態をリアルに伝えるのは公的な統計や記録ではなく、文学ではないかという思いを深くする。

 文学は確かに虚構に過ぎないが、月並みな言い方をすればそこにこそ真実があると言ってみたい。」と序文で述べています。

 私は読んだことのない原著がありますので、本文中からの引用として紹介させていただきます。

 まず1918-20年頃新型コロナ以上に多くの死者を出したスペイン風邪については、島村抱月が無くなり、その恋人の女優松井須磨子が後追い自殺をしましたが(渡辺淳一「女優」)、この時前述の与謝野晶子は感染がかなり拡大してから対策を立てた学校や政府の遅い対応を「日本人の目前主義、便宜主義」と鋭く批判しています(与謝野晶子「感冒の床から」)。

 第1子をスペイン風邪で無くしていた志賀直哉は小説「流行感冒」にて冒頭「最初の児が死んだので私達には妙に憶病が浸み込んだ」から始まり、感染した主人公(志賀直哉自身)は感染経路や症状の描写、家庭内感染に至る様子などを細かく書き、感染症予防に過敏な人と全く気にしない人がいることを強調しています。菊池寛は短編「マスク」で「自分は世間や時候の手前やり兼ねているが、マスクの着用をしている人が勇敢である」など、社会の状況と人間の心理の関係、予防行為の表象であるマスクに対する感受性をリアルに描いています。

 芥川龍之介もスペイン風邪にかかりしかも重症であったようですが、「コレラと漱石の話」で漱石はある日の明け方嘔吐下痢が起こり、コレラに違いないと飛び起きたが、結局はコレラの予防のために豆を食べすぎたことによるものだったそうです。芥川もコレラに感染するのを怖がり予防策として煮たものやレモン水ばかり飲んでいたのですが、「臆病」と揶揄されるのに対し「臆病は文明人のみ持っている美徳である。」と反論しています。

 尾崎紅葉は「青葡萄」でコレラではないかと怯える人間の心理をうまく表現し、弟子が水を嘔吐する音を聞かれ密告されることを危惧し「自分は伝染病を隠蔽するごとき卑怯の男ではないが、吐いただけでコレラというわけではない。」として「コレラの疑いありときっぱり言われるよりは、腸胃加答児(カタル)と曖昧に濁された方が虚妄(うそ)でもうれしい。

 それが人情(ひとごころ)である。」と率直に述べています。この時から存在していた「自粛警察」の恐怖が如実に想像されます。また断定的なことを言うのを避け、他の医師や機関に責任転嫁する医師のことも描かれています。

 文学作品で最も多く取り上げられる感染症は「結核」で、亡くなった文豪は二葉亭四迷、正岡子規、樋口一葉、国木田独歩、石川啄木、宮沢賢治、梶井基次郎、堀辰雄など、枚挙にいとまがありません。細井和喜蔵「女工哀史」で劣悪な労働環境が結核の原因であったこと、死期が迫る苦しみを正岡子規は「病床六尺」で鬼気迫る文章にて遂に「貪欲な知識欲が生きる力になった」と述べ、石川啄木は「一握の砂」で貧困・戦争・暴力とともに結核に対する人間の無力さを淡々と描写しています。

 同じく感染することへの絶望感は内田百聞が「疱瘡神」(天然痘)「虎列刺」(コレラ)にて、感染による生命の恐怖だけでなく世間の噂によるダメージが大きな要因であることを、目がゆき届いた文章で記述されています。

 このように隅々まで行き届いた文学表現は医学書より感染症などの実態の多くを語っているように思われます。(2022.1)

京大 おどろきのウイルス学講義

 新型コロナウイルスはなかなかその勢いを止めてくれず、ウイルスは昨今一番の悪者にされていますが、病気を起こすウイルスはごく一部で殆どは非病原性ウイルスで中には哺乳類の進化を促進した有用ウイルスも多く存在し、我々にとって必要なものであるという趣旨の本が最近出版されたので紹介したいと思います。2021年4月に獣医師で京都大学ウイルス・再生医学研究所の宮沢孝幸准教授によるPHP新書「京大 おどろきのウイルス学講義」です(図)。地球上に酸素が過剰であった時代に酸素を消費してエネルギー源であるATPを産生していた細菌を、多くの生物の祖先である原始真核細胞が後にミトコンドリアとして内部に取り込みますが、同じように哺乳類がウイルスの1種であるレトロウイルスの機能を拝借したというのです。

 生物の細胞の増殖は、核の中にあるDNA上の情報がメッセンジャーRNAに写し取られ(転写)、切り取られた(スプライシング)ものから生存に必要な蛋白質が合成(翻訳)されます。これをセントラルドグマ(中心教義)と言い、全ての細胞に共通する掟(おきて)になります。ウイルスにはDNAかRNAしか持たない原始的な寄生体で、このうちレトロウイルスはRNAを持っているのですが、細胞内に入るときにセントラルドグマの掟を破って自分のRNAを核内に持ち込みDNAに変換(逆転写)して、細胞のゲノムDNAに割り込んで自分のDNAを付け加え設計図自体を書き換えてしまうという厄介なウイルスで、エイズをひき起こすHIVや成人T細胞白血病のHTLVが含まれます。その後自分が書き換えた部分だけをコピーして工場である細胞質内のリボソームに運んで蛋白質を作り増殖していくのです(図)。ウイルスは自分自身では増殖できず宿主の細胞内に入って常に感染し続けないと生き残れないのですが、生体にはウイルスに対する免疫を作ってしまうので変異を繰り返さないと生き残れないのです。単に複製ミスによる変異だけでなく、別のウイルスとの組み換え、文節の交換、まったく別系統のウイルスの遺伝子や宿主の遺伝子を拝借して生き残り、筆者はウイルスへの思い入れがあるのか、原文を引用すると「ウイルスも生き残りに必死なんです」ということです。

京大 おどろきのウイルス学講義 より

 本書の最初の方の章で新型ウイルスは様々な動物の細胞に数多く寄生・棲息しており、無防備なところからいきなりやってくるという警告が述べられているのですが、後半からはウイルスが人間などの哺乳類に貢献した明るい話題にうつり、宮沢先生の研究業績が紹介されます。哺乳類の胎盤形成にレトロウイルスが関与していたというものです。2000年にイギリスの科学雑誌Naure に、「シンシチン1」というレトロウイルス由来の細胞融合蛋白質が人間の胎盤形成に関与していることが発表されています。さらに胎児の細胞には父親の遺伝子が含まれるため、母親の細胞が異物として攻撃するのですが、もう一つの蛋白質「シンシチン2」が免疫抑制性の配列を含んでいることが分かり、免疫抑制作用を有しているというのです。これらは過去に宿主の生殖細胞に感染して固定化するとその配偶子から発生した全ての体細胞に入り込むという、内在性レトロウイルスに含まれます。宮沢先生らは牛の胎盤形成に使われる因子を発見し、Fematrin-1と名付けられました(図)。これは2500万年くらい前に牛に感染したレトロウイルス由来のBERV-1がDNA遺伝子を書き換えたものです。彼らの説によると、通常細胞が分裂する時には1個の核が分裂して2個の細胞に分かれますが、牛の場合胎児の栄養膜細胞が着床する時には、核が2個になったのに細胞は分裂しないで2核細胞(BMC)になるものがあり、母親の細胞(子宮内膜細胞)と融合して3核細胞(TMC)になるのです。これにより母親の子宮壁側に移動することが出来妊娠関連ホルモンを母親の血中に効率よく届け「私はあなたの子供ですよ。守ってね。」というシグナルを出すというものです。

宮沢ら、Nature. com, 2013より

 その他、皮膚やその他進化に関与する内在性レトロウイルス以外にも、ヘルペスウイルスのある種のものは特定の感染や病気にかかりにくいといったこと、癌に抵抗するウイルスや癌抑制性マイクロRNAを発するウイルスなど、遺伝子操作を駆使して治療につなげようとされております。

 病原性ウイルス、有用性ウイルス、いずれにも負けたくないものです。(2021.9)

ワクチン接種

 コロナウイルスのワクチンはもう接種されたでしょうか。ファイザー社、モデルナ社、アストラゼネカ社製のワクチンは、メッセンジャーRNAなど遺伝子を利用したものです。遺伝子は通常細胞の核内に存在し(細菌でさえ)保護されているのですが、ウイルスは核を持たずにDNAやRNAの遺伝子のみから成り立ち蛋白質の殻に包まれています。ワクチン製造は簡単に言えばその遺伝子の一部を鋳型にして蛋白質である抗体を作るということです。このような情報が広まっているため「コロナウイルスワクチンを打つと身体の遺伝子が作り変えられる」ような「無知」から来る恐怖感に煽られることが多く起こっているようです。さらに「卵巣に成分が蓄積する、不妊になる」などの「デマ」も横行しています。

 18世紀、イギリスのジェンナーが天然痘のワクチンを同じ病原ウイルスである牛痘(牛にできる天然痘で人と同じような症状を発する)から生成して人に接種することで、発症を防いだだけでなく天然痘の根絶に至ったのですが、開始した当時「牛からとった物質を人間に注入することは汚らわしい、神の摂理への不信である」と言われただけでなく「牛のような顔になった」「牛の毛が生えてきた」などの噂が絶えなかったようです。この頃から3世紀も経った現在でも状況は変わっていないことがうかがえます。ジェンナーや日本の緒方洪庵医師が一つ一つ丁寧に粘り強く説明をしていって、長年の後にやっと一般の方々に理解をいていただき天然痘の撲滅に至りました(図)。遺伝子ワクチンという聞きなれない手法で出来たワクチンのため、一般に捉えられる印象は3世紀以上前と全く変わっておらず、政治家に任せるのではなく医療従事者がそのメリット、デメリットについて正しい医学的な見地から丁寧に説明することが最も重要なことと思われます。(2021.8)

緒方洪庵。岡山出身。適塾(大阪大学医学部の前身)を開いた(Wikipedia)。

酒か煙草か三密(さんみつ)か

 鳥取県の平井知事や鳥取大学医学部のウイルス学教室、感染治療部の努力により、鳥取県の陽性者は低く抑えられていますが、全国的にはまだまだ多く発生し、政府や自治体は酒を提供する飲食店に休業要請しております。お酒に酔って声が大きくなって唾液などの飛沫感染が増えることが根拠とされていますが、一人で黙って飲む人、泣き上戸の人や酒を全く受け付けない人もおられますし、逆にコーヒー一杯で、延々としゃべる人の方がリスクは高いと思われ、個人の意識により三密や飛沫感染を避けることが出来ると思います。一般に口から飲んだアルコールは口腔や食道の粘膜からごく一部、胃粘膜で20%、小腸の入り口の空腸で大部分の80%が吸収され、ここから肝臓に入って代謝されます。その他、肺から吸収(奈良漬の匂いを嗅いで酔っ払うこともある)され、たぶんあまり経験ないと思いますが、直腸や膀胱からも吸収されます。肝臓に入ってからは脱水素酵素により分解されていきますが、この酵素の強さによって酒に強い、弱い、全く受け付けないなどが決まります。酒に酔う酩酊の段階には個人差がありますが、血中アルコール濃度によって爽快期、ほろ酔い期、酩酊前期くらいまでは、大脳皮質からの理性の抑制が取れ、判断力が鈍り、気が大きくなり、この辺りが要注意の時期と思われます。以前、東北地方の某大学の医師が、学会発表の時に「あがり症」であったため、落ち着くために登壇前にお酒を飲んだらしく、発表が進むにつれしどろもどろになり遂には「俺はこんな発表、ほんどはしたくなかったんだよ」と、管を巻かれたと聞いたことがあります。しかしながら、適当な量のお酒は身体によく、1日当たりの飲酒量2単位(ビール大瓶なら1本、日本酒なら1合)以下なら死亡率の相対危険度は最も低くなるというデータがあります。ただし、過量な飲酒はウイルスへの免疫力を下げる危険性があるため、注意しましょう。

社)アルコール健康医学協会「アルコールと健康」より

これに対し、煙草の方がコロナ感染にはずっと弊害が強いことをご存じでしょうか。

コロナウイルスは呼吸器などの細胞表面にあるアンギオテンシン変換酵素2(ACE2)受容体という、もともとは血圧をコントロールする蛋白質に結合して、咽頭粘膜や肺などの細胞に侵入して増殖します。煙草に含まれるニコチンはこのACE2受容体を増加させる働きがあるため、習慣性喫煙者ではコロナウイルスにかかりやすくまた重症化しやすいのです。さらに煙草に含まれる有害物質が気管支の粘膜上皮を損傷し、COPD(慢性閉塞性肺疾患)を引き起こすことは広く知られておりますが、細菌やウイルスに対する抵抗が弱くなり肺炎などを起こしやすくしているのです。いくつかの論文では、喫煙者の重症化するリスクは非喫煙者の3-4倍とされています。実際には煙草税による収益が大きいため、なかなか煙草の弊害は言いにくいのでしょうが、このような危険性があることは知っておいていただきたいと思います。また、このACE2受容体は嗅覚ニューロンや舌にある味蕾細胞にも存在し、コロナウイルスにより嗅覚や味覚の障害が起こることが説明出来ます。

以上から、飲酒は個人の意識により必ずしも三密にはつながらないこと、喫煙所は狭くて換気が悪く三密も来たしやすいのですが、煙草は三密以前に身体のウイルスに対する抵抗力そのものが障害されるため、もっともリスクが高いと思われ、以下のようなリスク順位が考えられます。如何でしょうか。(2021.7)

コロナウイルスに対するリスク
高 煙草>>三密>>酒 低

コロナ禍での出来事

このような中、私の最近起こった体験談をお話しします。

 正月には外出禁止令が出ていたので行けなかった墓参りに、陽性者数が少しおさまりかけた1月最後の週末に兵庫県の実家に一人で行き、その帰りに神戸の「〇将」でご飯を一人で食べていました。丁度餃子が来た時に、隣のテーブル席にいたお子さん(後から聞くと心室中隔欠損症を持つ1才半の男児)が突然意識がもうろうとし、チアノーゼも出てきたため、そのお父さん(神戸市内の某医療センターのマイナー科の医師)が床に子供さんを寝かせ、ほっぺたをたたいたり心臓マッサージを始めたのです。その時、私の脳裏には鳥取大学の他部署の教授たちから「先生がコロナに感染したら病院は無茶苦茶になりますよ」「学生にはきついことを言っているんやから先生は変なことせんといてくださいよ」と、戒められたことが一瞬よぎりましたが、次の瞬間には子供を抱き上げ椅子に寝かせて蘇生のABCを始める自分がいました。順にA(airway 気道確保)、B(Breahing人工呼吸)、C(Circulation心臓マッサージ)と続くのですが、まず大腿動脈が触知することを確認し、Chin upポジションにし(頸部を真っ直ぐに下顎を挙げて喉頭まで空気を通りやすくし、首や顎の柔らかい小児には有効)、次に私の右手を筒のようにして、1-2回息を送り込むと直ぐに意識は回復し全身がピンクに変色しました。父親が手配した救急車に乗せ、その後未だ冷めていない餃子を三密を避けながら一人でゆっくり頂きました。

鳥取大学では山陰を出る時には「出張届:場所、期間、目的、理由」を提出し、帰ってからは「報告書:上記に加え、現在の体温、症状の有無、滞在中に会議や集会で3密があったかどうか、複数人数で会食を行ったか」を出します。感染対策室に直ぐに報告するとともに、2週間の健康チェックなどを行い、3週間を超える現在までコロナ感染を疑う症状や反応は出ていません。医師である父親に何かの時にと名刺を渡しておいたのですが、その数時間後に資料のような感謝のメールが届きました。医師免許や看護師免許等をもつ我々医療従事者には、飛行機や新幹線の中で「病状の悪い乗客がおられます。お医者様か看護師の方、もしおられれば客室乗務員にご連絡ください」というアナウンスが流れますが、それに対応する義務や規則はどこにも明記されていません。が、私の答えは父親のメールの通りでした。

独自の政策を出す政治家や珍しいケースをレポートして視聴率や読者数を確保しようとするマスコミは、それぞれの立場で必死で対応されていますが、2月13日から「コロナ対策法-まん延防止措置」が施行されており、かえって不安を煽るような結果になっていないか検討して、レアなことにこだわらず、大きな視点で国民を指導していってほしいと思います。かつて、ハンセン病(らい病)は人に伝染する病気として恐れられ、隔離政策がとられていましたが、現在では感染するリスクはほぼ皆無であるという見解です。また、自分でミトコンドリアを持ち体外からの養分を取り込んで自己増殖できる細菌とは異なり、ウイルスはDNAかRNAという遺伝子しか持たない極めて原始的な生物ですので、自分だけでは生きることが出来ず、必ず他の細胞内に入って増殖します。「気持ちを引き締める」ような精神論だけでなく、このようなウイルスなどの医学的な知識を最大限に活用したピンポイントの対応を望みたいところです。(2021.3)

クラシック音楽演奏・鑑賞にともなう飛沫感染リスク検証実験報告書

 最近面白い実験結果が出たので紹介します。題材はやはり私の好きなクラシック音楽に関するもので、クラシック音楽講演運営推進協議会と一般社会法人日本管打・吹奏楽学会が今年の7月に行った実験で、クリーンルームにおいて飛沫微粒子を測定したものです。その報告書に沿って概略を述べたいと思います(コロナ下の音楽文化を前に進めるプロジェクト:クラシック音楽演奏・鑑賞にともなう飛沫感染リスク検証実験報告書HPより)。

 左は今年の5月にベルリンの専門家達によって、弦楽器奏者間の距離1.5m、管楽器奏者間の距離2mを確保することが理論上かつ暫定的に提唱され、標準的安全距離(ソーシャルデイスタンス)と認識されるようになり採用された時のオーケストラの配置です。右は同じ会場における従来の演奏形態です。しかしながら、この標準的安全距離を確保するのは演奏の質を担保するのに不十分かつ困難であり、広く演奏される多くの作品の演奏が不可能となります。ウイーンフィルなど多くの団体が楽器演奏時の飛沫等の可視化実験を行い、以上の安全距離は過大ではないかという疑問が出始めました。

 ソーシャルデイスタンスを取ったオーケストラの配置(左)と従来の配置(右)上記HPより

 可視化実験では飛沫等の飛散する様子を立体的、経時的、定性的に捉えることは可能ですが、隣接する演奏者の位置における飛沫等の暴露の程度は、実際にその位置で微粒子の量を測定する必要があります。環境中に多く存在する埃も微粒子として測定されるのを避けるために、クリーンルーム環境においてパーティクルカウンターを用いて楽器演奏時の微粒子測定が行われました。

 方法客席と演奏者について、ソーシャルデイスタンスをとった場合と従来の方法をとった場合に微粒子の飛散程度が測定され比較検討されました。対象楽器として木管楽器(フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、アルトサクソフォーン)、金管楽器(ホルン、トランペット、トロンボーン、ユーフォニウム、チューバ)、弦楽器(バイオリン、チェロ)、歌手(ソプラノ、テノール)、客席(聴衆の会話、咳、発声を再現)が選ばれました。各楽器当たり3名の演奏者が、それぞれ1分間x3回の演奏を行い、演奏者の間近、及び前後左右計9か所にパーティクルカウンターで測定されました。

 

 客席(左)と演奏者(右)の前後左右を含め9か所に測定器(パーティクルカウンター)を設置。それぞれ、「隣接した位置」⇔「一席あけた位置」、「従来の距離」⇔「ソーシャルデイスタンス」で比較。

 クリーンな環境下にて実験を行うアルトサクソフォーン演奏者

「結果と提言のまとめ(原文より)」

・演奏者およびマスク着用下の客席において、従来の間隔の場合でもソーシャルデイスタンスをとった場合と比較して、飛沫などを介する感染リスクが上昇することを示すデータは得られなかった。

・ただし、ホルンでは右側50㎝、トランペット・トロンボーンでは前方75㎝において他の測定点よりもやや多い微粒子が観測された。飛沫などを介した感染リスクに限らず、人の直接・間接の接触がある限り感染のリスクをゼロにすることはできない。

・しかし、合理的な対策を組み合わせることによって感染リスクを下げること、そして仮に感染が生じてもできるだけ狭い範囲にとどめることは可能である。

・各団体が感染リスクを理解した上でそれを下げる方法を十分に検討し、方針を決定することが望ましい。

 このような実験とその結果は、演奏者や観客にとって、これからの演奏形態がどうあるべきかを具体的に考える上でエビデンスのある極めて有意義なもので、実際の運用方針は各団体に委ねられるとはいえ、音楽の演奏は空間的時間的共有が不可欠であるという演奏家やファンの熱い思いを代弁しこれからの方向性を示すものと思われます。

 N響は今後状況により従来と殆ど変わらない配置での演奏を考慮するようですが、やはり金管楽器はリスクがありそうです。演奏者や指揮者は本番では喋らないので良いのですが、リハーサルで興奮して唾をとばす広○○一氏のような指揮者には自覚して欲しいものです。

 またファンにとっては客席では席を空けなくてもリスクに差がないとはいうものの、「ブラヴォー」を大声で叫ぶのとマスクをしていてもずれたりすることがあります。咳はマスクをしていても飛散リスクがあるようですが、そもそも咳をしている人は演奏会には行かないだろうし、咳より熱が初発症状となるコロナ感染者では入口の検温検査で引っかかってしまうと思われます。

 やっぱり感染対策はキッチリすべきでしょう。(2020.12)

 その他の懸念として、演奏会の休憩中にホワイエ(演奏会場のロビー、幕間に飲食がふるまわれる)でのシャンパンやワインサービスは無くなるのでしょうね。これが一番残念です!!(2017年 ドイツバイロイト音楽祭)

演奏会場外でのワイン:海外ではこのような演奏会形式があり羨ましい限りです。(

ウイルスに抵抗する細菌の免疫防御機構

 一般にウイルスが人間に感染しても体細胞内に入らないと生存できず、この場合マクロファージやリンパ球などの免疫担当細胞が働いて攻撃するのですが、1回目の感染の時にリンパ球(B細胞から分化した形質細胞と言います)が免疫グロブリンという抗体を産生します。これが働き2回目にウイルスが体内に入ってきたときに、抗体が速やかに作られ細胞内に入る前に攻撃するのです。これを利用した予防方法がワクチンと呼ばれる、死滅した或いは毒性を弱めた病原物質を体内に注射してあらかじめ抗体を産生しやすくした予防接種です。細菌は大腸菌やコレラ菌、溶連菌など約1μm(百万分の1メートル)の大きさで、ウイルスはさらに小さく数十~数百nm(nm:10億分の1メートル)で、細菌の約数十分の1の大きさになります。細菌はウイルスの侵入に対抗する独自のシステムを持っているようです。人間のように免疫グロブリンを作れない細菌は、特殊な組織(CRISPR系という、人間でいうならば抗体産生する免疫機構に相当)で、初回に侵入してきたウイルスのDNA(ウイルスはDNAかRNAしか持たない)の一部を切り取って自分のゲノムに取り込み(人間の免疫に相当)これに相対するsnRNA(small nuclear RNA、人間では抗体に相当)を産生して次回のウイルスの侵入に備えます。snRNAはCRISP(cr)RNAと形を変え、Casタンパク質という物質と複合体を作り、侵入してきたウイルスを発見して迎撃機のように破壊するというものです。細菌には県境を越える移動や5人以上の食事会を自粛するという決まりがあるかどうかは知りませんが、強敵ウイルスの侵入に対してかくも逞しく健気に戦っているのです。さすがは何十億年も前に出現した人間を含めた生命体の祖先の「知恵」でしょうか。もう1つ話をすれば原核細胞(細胞の中に核を持たない)の細菌は大気中の酸素が過剰であった太古において、酸素を消費してエネルギー源であるATPを産生・提供していたのですが、我々人間の体を構成する細胞の祖先である原始真核細胞(細胞内に核を持つ)は細菌のこの機能に目を付けて細菌を自分の細胞内に取り込み、ミトコンドリアとしてエネルギー産生に利用するに至ったのです。このような「細胞内共生」が進化の原動力であるというものはリン・マーギュルス(米国1938-2011年)による学説ですが、我々現代の人間もいろんな病原体等とも共生していきたいものです。(2020.10)

コロナウイルス検査

 2020年の現在コロナウイルス感染が拡大していると政府関係者やマスコミから報道されていますが、医学的な専門の見地から言えば、まず鼻咽頭ぬぐい液による抗原検査やPCR検査での陽性というのはそこにウイルスがその時いること(付着)を示すもので、粘膜内に侵入して感染が成立すること(疾病発症)とは明確に区別する必要があります。つまり陽性者には結構な数の健康保因者が含まれ、また検査数が増加すると当然陽性者の絶対数は増えるのは当然で、今報道されているデータは感染が拡大していることを直接示すものではありません。太古の昔から微生物と人間の共生(大腸におけるビフィズス菌などの善玉菌等)が徐々に確立されて来ましたが、近代先進国においては衛生状態が良くなっており病原体との接触が少なく抗体を作り出せなくなり「きれい好き」がかえって免疫力を下げています。現在日本での重症者が他の先進国に比し少ないのは「経済力を犠牲にしても自粛を順守する」に加え、以前にほぼ全国民が受けていた結核菌を予防するBCG接種(他の国々では施行されていない)が効力を発しているという意見があります。某地域で行った抗体検査では住民の約1%で陽性であったと報告され、これを日本国民1.27億人に適用すると127万人の人が既にコロナウイルスに何らかの形で接触して免疫が出来たことを示しており、現在PCRや抗原検査陽性約3万人の40倍で、かつての麻疹や水痘のように自然免疫が徐々に出来つつあると考えられます。過去に流行した感染症を見ると、ペスト(黒死病)は14世紀のパンデミックでは世界の人口4.5億人の22%である1億人が死んだとされ、1894年に日本人の北里柴三郎などが原因菌を突き止め、ペスト菌を保有するノミや宿主のネズミの駆除と抗生剤等が大きな効果を上げました。また天然痘はウイルスが原因で致死率は20-50%と極めて高く、平安・室町時代頃から痘瘡と恐れられて来ましたが、1796年にジェンナーがワクチンを開発し種痘の実施によりほぼ根絶されています。しかし、いずれも流行から終焉まで数百年かかっており一刻も早いコロナウイルスワクチンの開発が待たれるところですが、当面は習慣喫煙者や糖尿病罹患、高齢者等ハイリスクの方は特に予防を心掛けていただきたいです。コロナウイルスは気道分泌物に含まれて飛沫感染しますが、一般にウイルスというのは単独では生きていくことが出来ず、必ず細胞内に入って増殖します。従って感染者や健康保因者から飛沫したウイルスが死滅するまで、手洗いやマスクにより鼻咽頭への侵入を防ぐとともに、鼻咽頭粘膜に付着したウイルスを頻回の口腔や鼻腔のうがいにて洗浄することが重要です。鼻うがいは痛いからと抵抗がありますが、某メーカーの「ハナ〇ア」というのは専用の容器で苦痛も少なく優れものです。(2020.9)