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舞ふ独楽の舞ひ澄む如き目となりて一章読み了へ暫く居りぬ
思索こそ己れ開かん拠り処なると繁る瞳に肯ひてをり
死を祝ふインドネシアの葬式を読みをりながき慣はしとして
死を悲しむならはし日本になかりしと佛教が伝へし無常の教へ
泣き女などをつくりて中国は死のかなしみを儀礼化したり
キリスト教は賛美歌唄ひ神の下に行きたる者と奏して送る
不死鳥の説話つくりてエジプトは不滅の国に行くと信ぜし
死者をして死者葬らしめよキリストはおのれ尽くして生くべくを説く
幾片の桜紅葉が日に透きて澄める山路の空にかかりぬ
同じような歌を作りて月々の歌誌に出しをり呼吸するごと
相似たる料理を毎日食べて居り作れる歌も斯の如きか
土器作る手をもつ迄に人体は三十億年余り経て来し
羊水は海水に成分似てゐるとたっぷりつかり育ち来りし
胎児となる始めに出づる斑点は海に生きたる鰓の痕とぞ
胎児にて育つ途中に尾が生えて消えゆき人の形となると
単細胞・多細胞・海中より陸と転じて人に生るると

笑み交す今のわれらは三十億年生死経て来て成りたるものぞ
限りなき過去の生死に作られし体と思へ言葉と思へ
細胞の六千兆は時ながく人営みて積み来しものぞ
百年の生死を嘆くこと勿れ数十億年人と成りたり
被きたる如く重なる雲覆ひ雨徐に結び降り来ぬ
この我の差す手出す足いと深き宇宙の姿と思ひ生くべし
這ふ毛虫飛びゐる蝶の断絶と連続神に至るほかなし
ものを育て作るは機械がなしてゆきテレビは美味を求め継ぎをり
走る脚鍛へしこの坂斬合ひの竹切れ携げて友と登りし
日々に澄み高くなる空明日も咲く露草ふみて帰り来りぬ
お茶と言ふ声に忘れし作歌なり思ひ出せぬは佳き歌にして
嘆きゐる言葉何処より来りしか思ひ追ひゆき嘆くことなし
大きなる傘にいくちのどうさい坊年老ひたれば蹴らずに過ぎぬ
閉したる書斎の中に一夏に死にゆく蝉の鳴く声届く
稲の花食ひて太りし魚はしり流るる水は冷えて澄みたり

包まれし皮膚の内側はわが知らぬわれの命と病みて臥しをり
否応なく過去となりゆく我等にて仮装高社などの記事増す
皮膚の内は我の知らざる我にして薬店の棚見廻してをり
増えて来し電子取引などの記事知らず我より離れてゆくを
与へられし仕事を真面目に勤むるを否みて世界の情報社会開く
過ぎし日に積み重ねたる経験に残る命はよりて過さん
溜りゐるバケツの中の雨の了この降りに稲の稔り足るべし
必死にて漕いでゐるのだ残されまい時代の潮は流れのはやし
離りゆく時代の潮を眺めつつ生くべき己が姿をさがす
ののさんと拝みて月を仰ぎたりき十二進法も今に残りて
開墾の碑鳴らす風の吹きめぐれる草は伸びゐて粗し
暮れてゆく室に満ちくる闇の量動かぬ我となりて坐れり
西空に細まりゆける夕茜追ひ立てられる足に立ちたり
刻々と昏れてゆきゐる夕光に縛らる我となりて立ちたり
仮借なく窓に迫れる夕闇に眼開きて我の坐しをり

2015年1月10日