さんさんと地に降りゐる日の光り走れる孫を手をひらき追ふ
見出しが紙面半分とりており清原場外ホーマー放つ
次々と接続ありし電車にて目を閉ぢ尿意とたたかひており
弁当屋に人の集ひてゐるが見ゆ即ち我の腹の空きたり
ひさぎゐる菓子をガラスに囲ふ上城主がもちし石高掲ぐ
己が顔くさして金得る漫才師一人の顔に家路を急ぐ
きつねうどん頼みて隅の席につく短歌一首出来たるが故
パンツよりしずきて走る男ゐて汗なき吾のひたひの熱し
亦報ず幼女誘拐人間の半ばは陰を負ひて生きゐる
戦ひもとうき日となり否まるる言葉をのみに語り継がるる
書店より楠木正成などの本見えずなりしを疑はれゐず
否まるる戦なりとも若き日を燃えたたしめし血潮にありき
戦ひし日を生きたりと眉上げて我は言はなむ若き碑として
手の熱く銃とりたりき否まるる戦なりとも血の真実は
否まるる戦なりとも戦友の流して死せし血潮尊し
光り見る眼窩の底ひはるかにて大観の富士北斎の富士
こわれたる義歯をはめいて傷つきし歯ぐきをいつとなどる舌あり
閉せしと思ひし窓が開きいて他人(目なき時他人目を怖る
自動車の起せる風も朝冷えて左肩よりおのずとすくむ
病気ではなきかと噂していしと宿めし炬燵の席を席を開け呉る
やや濡れし服を吊せし宿の窓明日は日の照る茜の兆す
この所堂のありしとやや高く車二台が駐められありぬ
言はざるに二本の酒が膳にあり宿れる常の慣はしとして
宮中の儀式に伝ふ十三夜風寒ければテレビにて見る
頬かくす帽子被ぎし人の立ちプラットホームは長く伸びたり
まばらなる人家が見えて東北のプラットホームは長く伸びたり
痛む歯にうどんを食ひて三日経ち菓子売る店も眺めて過ぎぬ
ながくながく板古る峡の湯宿なりき壁輝きて一棟建ちぬ
信号に止まりし隣の車より犬が顔出し瞳合せぬ
時計見つプラットにうどんを食ひおりぬぎりぎりに生きる事の楽しさ
発車ベル高く響きて走り乗る立ち喰うどん少し残して
くり返し口紅あかくぬりおりし女笑まひて鏡しまひぬ
飲みおへし酒のカップに今一度口当てあふぎて老人立ちぬ
並び走る車は玩具の如くにて我は己れに他者として坐す
若物と同じ心を思へどもテイシュペーパー分ちて使ふ
みの虫の殻に紅のなき事のすがしく山を下り来りぬ
戦の日の償ひも少しあり中華甘栗買ひて皮むく
指定席はたった五百円と妻のいふ五百円惜しみ商ひ来りし
予定せし時間どうりに商ひのすみて列車のゆれるに任す
前輪の土にめり込み捨てらるる用なきものにこうか借なし
穫入れのおはれば獅子の面被ぎ笛を鳴らして神楽来りし
コーヒーの中に入れたる練乳は湧きて浮びて け拡ごる
何の室も人が寝いて幼児の眞夜に泣き立つ家愛すべし
指示されて頬を寄せ来る幼児の温し廻せる手の小ささよ
子を背負ひ鎌の行商なしいたりき子に囲まれて孫を抱きぬ
どうしてもここに泊れと言へるらし早き方言大方解らず
きのこ汁刺身てんぷらなど並べ我に食はさん為に買ひしと
月末に金がなくなるを疑はず生きて夕餉の話あかるし
紅葉の燃え立つさまを写しゐし画面は車の渋滞となる
透明のガラス戸一つ距ていて肩をすくめし人等の急ぐ
肩すくめ霧に消えたる人ありて尾花はうすき墨色に立つ
霧こむる朝の窓にうすずみのあはあはとして人等すぎゆく
四、五本の並木の見えて霧覆ひ人等突如に現れ歩む
山薯が池に鰻となりたりき古人没して見しものあらず
巾広きカラー舗装の道となりござにひさぎし老婆の見えず
山囲む湯沢の街に降り立ちぬむしろにきのこ売るを見るべく
土つきしままに茸の並べられ筵に坐り老婆のひさぐ
悠なるかな薯が鰻となりしこと山池の水青く澄みたり
束の間に過ぎし月日と思ふときうるし紅葉は鮮かに立つ
花をつけしままに枯れしが挿されいて無人の駅の雨紋に汚る
ぬば玉の夜の底ひに目を閉ぢて果なく沈む体のありぬ
底ひなく脚より沈みゆくが如一日歩みし旅の臥床に
春と秋の商ふ旅にそびえたる鳥海山も竟かと見放く
いつの間に日かげさえぎる雲の出て体に沁みる風を伴なふ
おのずから地に瞳の落ちてゆき一つの言葉の背後を疎む
新しき飲食店の亦出来て幟幾本競ひはためく
飲食の人呼ぶスピーカー公園に今年の菊の展示はじまる
金の札銀の札など吊されぬ菊は日を浴び咲きゐるのみを
幾人の交せる言葉かしましく入賞の札はけられてゆく
コーヒーに入れしミルクが揆けくる吾がなさざりし歓声として
松の樹皮削られゐるは戦にやにを採りたる跡にて古りぬ
夕刊に株式欄のなきこともみちのく秋田の人の貧しき
投げ出して疲れし足を休みしが暫くにして行かねばならぬ
道端に黄菊白菊供えらる盛られてゐるは悲しみ深し
隣家より南京食へと持ちおりぬ貧しきものは乏しく足れり
己が家見えし時より老婆立ちバスは峡路の坂を下れり
痛みもつ歯茎を舌に触りゐて病めば望の身に関りぬ
癒えむことのみを思へる昼つ方思ひ返せるさびしさにおり
口開けて寝ねいしならん不態さや目覚めて舌の乾ききりおり
噛む事の斯く豊かにて十日まり痛みし歯茎の傷のなほりぬ
砂利を踏む音かへり来る夜の道吾を指したる星光ありぬ
雨雲の裂けて走るも目になれて冬の越路の出張おはる
襟立てて風を防ぎし十日まり出張おへし歩みをはやむ
教ふると従き来くれたる少年の指を差したるところに別る
歌人の名言ひて歌書く傍に来ぬ頼むしばらく黙っていてくれ
遠天の雲黒きてつるはしを上げて急がぬ工夫が見ゆる
雨雲の裂けて千切れて走りゆき岩打つ波は沫と立ちぬ
両脇を巡査が抱へ行く男かくさねばならぬ顔をもちたり
サルビヤの千の花穂はくれなひの高き揃ひて昼を咲きたり
舞台の面脱ぎゐる見れば我ももつ人前の姿一人の姿
わが鳥を光れる空へ発たしめぬ着きしは黒き杉の森にて
昼となれば飯食ふのみに過ぎゆきて列車にながく孤り乗りおり
東北と近畿の顔の類型のやや異なると見つつ旅行く
空黒く交叉をなせる電線に流るる力は人の生きたり
夕空に黒く電線顕ち来り灯りを点もれる家々の見ゆ
降り止みし道しろしろと闇迫る夕べの光をあつめて伸びぬ
昏れてゆく野に一すじの川見えて血よりも赤く夕雲映す
歩みきし足なげ出して旅ながき疲れにめぐる血潮のくらし
咲くよりも散りゐる花の多くして赤眞寂しきサルビヤとなる
複眼の如く灯りの点き来り人を呑みゆく夕街となる
戦に死なざりしかば走りゐる列車の窓に頬杖つきおり
捨ててゐしものをもちゐる友達に返せと幼は泣き声あぐる
ほうり込みし空缶の音大きくて夕べの駅に一人待ちおり
若き等の肩抱き合ひて歩めるをおのずと避ける瞳もちたり
地深く伸ばしゐる根よ靴音の還り来れる歩みもつ下
ストーブを切りてたちまち冷え来る夜の底ひにしはぶきひびく
庭先の松の緑も今朝出合ふ老ひては静かな呼吸となりいて
野焼して草のまとはぬ池堤広き面を水のもちたり
野を焼ける煙いくすじ立昇りおだしき冬の光り亘りぬ
野焼せし堤の僅に灰残るかくて昨日は過ぎてゆきたり
炎あげ燃えたる跡の平にて堤に灰のわずかに吹かる
ひよが二匹降り来てあたりを見ていしがわがもの顔に歩み初めぬ
一ヶ月手形の期日伸ばせしを黙し出せるを黙し受取る
ものの影あきらかに落す裏庭の今日は背中を屈めぬぬくさ
乾きたるタオルの風に動くさま見るともあらぬ縁のぬくとし
縁側にかくるは今日も孤りにてすきとうりたる冬蔭見ゆる
誰にしもあらざる吾と坐しゐつつ られし声ほめらるる声 245
千の根のからまりあえる地の中のありて冬原平らに展く
後頭にてのひら当てて考へゐる吾あり不意に戯画となりいて
しぎ二匹庭に来りて啄むをおさへておりし咳の出でたり
この朝目覚めざりせば我のなし水仙の白き花を眺むる
点りたる工事現場の赤ランプ停車をなすは死に結ぶ故
停車する工事現場の赤ランプ死に関るは人等の敏し
おらび合ふ工事する声今朝のなく黒新らしき電線架かる
こつこつとかすかな音の立ちゐるは我が心臓の図られてゐる
心電図は如何なるさまを示しゐん我が身体を我の知らざる
心臓の動きあらはとなりし図の我が読み得ぬを医師に渡しぬ
心臓を図る音のみ室にありしずかな呼吸をなさむとつとむ
裏庭に萌し初めたる芍薬の一年ぶりの赤き芽と会ふ
正常です医師に言はれて我の知るこのあやふさに門を出でたり
冷やかに棺の行くを見送りき死に関りのなきが如くに