雷鳴

雷を伴ふ雲の空覆ひ青年土工の肌黒き夏
黒雲の中閃光のかけめぐり谷ふるはせて雷鳴渡る
轟ける神鳴る音は内深くもちいて出でぬわが声にして
天地をふるはす音をもたざれば雷鳴渡る耳のさびしさ
地を撃ついかずちの音轟きて吠えゐし犬は小舎にひそみぬ
轟きて雷鳴空をふるはすを男生きるはもっぱらにあれ

頭にかざす本に涼しき風生れて垂れいし首をすぐく伸ばしぬ
結局は我が四畳の本の部屋酔ひし眼を開きていたり
隣ゐて俺が俺がと言ふ男酒飲むこころしずかならしむ
木の株のめぐりの雪の融けており冬も昇れる樹液のあらん
株のめぐり雪の融けおり葉の落ちし木にも昇れる樹液のありて

緋の花に秋の光りは澄みゐたり人無き山の駅の傍へに
初めなく終りのあらず流れゐる水と思へり夜半を醒めて
この先は人家のあらぬ山峡の家より幼な児泣く声聞ゆ
灯を消して水の流るる音伝ひ眞夜は地表に我のつながる
送りたるままの荷物の積まれいて店主は黙し帳簿を開く
ああと言へばおおと応へてこの店の主は椅子を差し出しくるる
目の届くかぎりを夕闇見てゐしが障子閉ざして頭垂れたり
水の音生るるところに我のあり宿の一人に夜更けてゆく
サルビヤの緋のきはまりて散り落つを風に冷えたるまみとなりゆく
見知らざる土地にてバスを待ちゐつつ青き大空仰ぐ親しさ
すでに地に種子を落せし秋草のさやさやとして風に吹かるる
泥沼の中より抜き得ぬ足の夢目覚めて足のほてりありたり
目に追ひし小鳥の群の森に消え澄みわたりたる秋空ありぬ
森蔭に鳥消えてゆき澄み渡る空にとどむるひとみとなりぬ

うるしの葉真紅なるまま散りゆけば透明の碑を我は刻まん
ひと年の陽に熟したる柿の実の光り返せり確信のごと
容るるべき心の積よ湖の水平かに夕暮れてゆく
傾きつ走る列車に我があれば水は走りて明日に流るる
野良を行く農夫の鎌を持たざれば鎌売りわれは目を落したり
地下街に秋となる風入りゆけば行方知らぬと人には告げよ
深々と頭を下げる老主人この山中の宿のしずけし
宿の灯は床の白磁の壺に照りてれにかへるひとみとなり
机一つたたみの上に置かれいるこの簡明に遠く宿りて
真夜を覚め敷布の捩れを直しおり歩み商ふほえる足もつ
間に合ってゐると名刺を返されぬ頭を下げて戸口出でたり
まいどーと言ひたるままに室に入り父の代より取引をもつ
鎌屋さん今日はおれんちに泊ってゆけ日の高ければ好意のみ謝す
出張の案内見てより保ちしとしめじの汁を作りくれたり
商談をなしゐる室に酒置くは今晩泊めて呑ましてくるる
明け初めし窓に聞ゆる靴の音朝通へるは歩みの早し
大きなる木蔭のベンチは鳥の糞多し払ひて寝ねにけるかも
天分つ青き峯より吹き来り風簸額の汗を拭ひぬ
終戦と夾竹桃のあかき花年経て我に強く結びぬ
葉の露を払ひて朝の風の過ぎ大地を踏める歩みなりけり
顔上げて草原渡る朝風の胸内にふかしおのずからにて
夕闇の覆ひくる中ややこゆき闇となりゐて歩みゆくかな

小さなる種子とし落ちて草枯るる蕭条として風の吹きおり
朝顔の青に朝の空気澄み本を読むべく歩み返しぬ
耳もとに小さな声に告げ来り少女は秘密を持ち初むるらし
コーヒーを一口飲みて背をもたらせ一人となりし瞼閉ぢたり
かたまりて少女等何にか笑ひおりしばらく茫と我は過さん
隣席の声もとうきがごと聞きてコーヒー店に瞼閉じおり
ひさし深く帽子かぶりて歩みおりこの街知る人多く行き交ふ
うつうつと出で来し今日やおのずから道のへり撰る歩みなりけり
活作りされたる鯛はいのちある限りの口を開き来りぬ
晴れ渡る原となりきてはるかなる山は競へる木々として立つ
雲を割る光りおよびてはるかなる館はみひらく窓をもちたり
戸を開けて夏の日差しの白く照りしばらく眩む老ひし目をもつ
散り落ちしくすのきの葉の紅が風に吹かれて近くに来る
炎なす日照りも蟻は自在にて足の上にも登りて来たる

蔭ふかきところにベンチ置かれありすなはち我は歩み寄りたり
かりかりと自がせんべいを食ふ音の夜の底ひに聞けるさびしさ
歌作るひまに木影の伸び来り平たき岩に腰を下ろしぬ
世界を圧す日本企業のまざまざと折込広告求人多し
クレータと岩と埃の月しろのはるかなものは輝きて見ゆ
他者として見れば輝く吾なるか月照る道を歩みゆきつつ
呼ばれたる人つぎつぎに立ち行きて待合室に一人となりぬ
名を呼べる声にふり向き久に逢ふものの互に歩み寄りたり
日の斑紋地にゆらめき葉を渡るすずしき風の木蔭にきたる
岩を置く間を童の駆けめぐり危ふし老ひしものの眼は
てっぺんに登りし少年仰ぎゐる友をしばらく眺めて降りぬ
三度目を窓口に立ちて尋ねおり痛みに耐へて妻の病み臥す
いしぶみの埃を落とし木の葉揺りわが髪乱し風の過ぎたり
寝て見る枝を組む木の高きかな葉蔭ゆ蝶の舞ひ降り来る
渦巻きて散りゐし煙おさまりて箒を担ぐ かへりぬ

雲が出て光と陰の原に消へ内に還らん歩みを運ぶ
ひたすらに星の光りに祈りしと古代の心遠くまたたく
ののさんと我も唱へし月の冴え昭々として中天渡る
買ひ換へて使はぬ時計が正確に時刻めるを机に出合ふ
かげろふのひと日の命に飛び来り我等祖より承くるは永し
トンネルの傍へに古き道ありて山越ゆくねりの草にかくるる
もちの実の赤く光るに長く立つ冬にてあれば枯原なれば
おのずから歌詞に体の ひゐて舞台の少女唄ひつぎゆく
待たれゐるものの輝きおくれたるバスは街角曲り来りぬ

蛇の子は生れたるらし道に出て少し血を出し轢かれ死にをり
名を呼ばれ立ちし少女の直ぐき脚わが失ひし素直さにして
黒き実の並び輝き葉の落りし草は秋逝く風に吹かるる
スリッパに差し込む足のよろめきぬ老ひては忘られ生きて行くべし
過剰米過去最高の記事を読み豊稔の神を祀ると出ずる
窮したる返事は湯呑手にとりて飲むともあらず口に当てゆく
りんりんと渡れる声をひびかせて鈴虫終る命を鳴きぬ
はるかなる峯あたらしく並びゐて二日降りたる空晴れわたる
吹く風にうねり打ち合ふ葉となりて近くにあるは傷をつけ合ふ

幹黒き木肌に置ける目となりてベンチに一人腰を掛けをり
雌犬を飼ひゐる家の横に鳴きひきゐる犬は抗ひをもつ
徐行せし車の窓の開かれて知りゐる顔はほほえみをもつ
掴まんと努め来りしてのひらのしわより乾き固きを開く
帽子脱ぎ首振り汗を拭ひたる男稲田に屈まりゆきぬ
対ふもの無き安けさに帰りたる後をしばらく頬杖をつく
金色にまな界ゆれて稲の穂の一夜の熟れを増せる明るさ
一日の熟れを展ける稲の穂の充ちゆくものにながく立ちをり
すきとほる滴が葉末にふくらみて降るともあらぬ朝よりの雨

かたくなに言ひ出しことを言ひ募るわれといつしか成れてをりたり
言ひ出でしことを否まる不快感強くなりゐる我と気付きぬ
鼻の穴二つ作りし御心の量り難てにて鏡見てをり
癒えて来て自在となりゆく身体の招きてゆける天地がありぬ

2015年1月10日