実験小説としての「源氏物語」

テレビの話題が続き申し訳ないのですが、今年NHKで「光る君」という大河ドラマが始まりました。多くの方が見ておられると思いますが、世界で最も古く長い恋愛小説の1つ「源氏物語」を著した紫式部の物語です。

昨年末「やばい源氏物語」という面白い新書が出版されていました。著者は早稲田大学第一文学部(競争率が高いが文系に特化した変人が多いので有名)卒業の大塚ひかりさんで、他に「毒親の日本史」「ブス論」「くそじじいとくそばばあの日本史」などがあります。

 著者によると「源氏物語」は当時としては画期的なものでまさに実験小説であるとしています。例えば、通常は美人を詳細に描写して登場させるのですが「ブス(大塚さんが述べておられるので、私はそれを引用しているだけです)」の扱いがヒドイ。美女の描写は実にあっさりしてますが、「ブス」の描写は異様に詳しく、「ブスの極み」というべき、3大「ブス」に「末摘花(すえつむはな:座高が高く、先が垂れて赤くなっている鼻、額が腫れていて痛々しいほど痩せている)」「空蝉(うつせみ)」「花散里(はなちるさと)」を挙げております。これでもかと言うほど徹底した描写をしておりますので、原文でも現代訳でもその個所を一度読んでみてください。また「霊」についてよく登場させており、それまでの物語では死霊は出てくるが、生霊(いきりょう)を登場させたたのは「源氏物語」が最初であるということです。当時は病気や精神的不調などは人に「物の怪(もののけ)」が憑いているとして、祈祷により生きた人から霊を追い出したりして病気を治していたのです。今のように抗生物質も抗がん剤がない時代ですが、祈祷で治癒する病気というのはストレスなどの精神的な要因が主だったような気がします。物語の中で紫式部は、様々な霊を「生きている人間が良心の呵責によって見られる幻影」であるとし、六条御息所の生霊が光源氏の正妻「葵の上」に乗り移ったのは、光源氏が過去に行った御息所に対するやましいことに起因する幻影であるとしています。その他、愛の確執と嫉妬、不倫は勿論、近親相姦なども描かれ、また天皇家と貴族、右大臣と左大臣、などによる政治的謀略も混じり、当時実際に存在した人々も時に実名で出てくるなど、あらゆる斬新な試みが含まれ、まさに実験小説と言えます。紫式部がテレビや著書では菅原道真公の妾(しょう、つまり愛人)であったとされており、その真に迫る描きぶりは見事ですね。

前月号本誌で小澤征爾氏のことを書きました。先日NHKの教養番組で「終わりのない実験~世界のオザワが追い求めた音楽」というのが放映されており、その中で彼は日本だけでなく世界の音楽界に対して重い責任を持つに至っているが、外国にいても常にはるか日本の音楽界へ思いをはせ、日本人が西洋音楽にどこまで挑戦できるかという壮大な実験を続けていると述べています。さらにベートーベンは当時新しい手段としてピアノが導入されると、様々な新しいリズムや旋律を編み出し、交響曲に初めてトロンボーンや合唱を取り入れ、色んな実験を行っています。その前のモーツアルトもオペラなどに革新的な試みをしています。このように新しいことを実験的に試みた先人たちの業績は歴史を超えて今も息づいております。
エベレスト山に初登頂した登山家ジョージ・マロリーは「何故山に登るか?そこに山があるからです!」という名言を残していますが、実験や新しいことへの挑戦のきっかけは極めて単純なことで「高い山に登ると見える景色が変わり、そこから見える次の山に登りたくなる」のでしょう。
アインシュタインも山中伸弥先生も「実験」を繰り返し努力した結果「相対性理論」「iPS細胞」の発見に至ったわけで、実験をして新しいことにチャレンジすることは、人間の本質である、生きていく原動力になると思います。私は今大学で大学院生の動物実験の指導を行っていますが、誰でもその機会は与えられます。ロスアラモスで原爆実験を行ったオッペンハイマーでなくても、小学生の時理科や生物の実験に目を光らせた思い出、おうちで新しい食材を使って子供たちに新たなメニューをつくる。これも実験の一つです。喜んでくれると嬉しくワクワクしませんか?
生物の自然発生し得ないことを証明するパスツールの実験「新大学生物学の教科書」より(2024.4)

瀬戸内寂聴さん逝く

 2021年11月女性小説家で天台宗の尼僧であった瀬戸内寂聴が亡くなられました。

 亡くなる直前まで文章を書き続けられたということですが、このような時世であるからこそ、自分のアイデンティティーを貫かれた寂聴さんの生き方は立派であやかりたいものです。個人的には日本の伝統芸術の「能」を大成させた「世阿弥」の波乱の生涯を描いた「秘花」(秘すれば花)が面白かったですが、最も大きな仕事は紫式部の「源氏物語」の口語訳でしょう。「源氏物語」については私もかなりハマっております。

 世界で最も長い小説の1つで、最初は「はいからさんが通る」で有名な漫画家大和和紀の「あさきゆめみし」で全体像を把握し、次に読みやすい田辺聖子訳「新源氏物語上中下、霧深き宇治の恋」に移りました。田辺さんは福山市出身のお父さんをもつ、面白い「大阪のおばちゃん」ですが、原文を簡略化し構成も変えているので物足りなさを感じ、円地文子訳(桐壺から明石まで)、谷崎潤一郎訳(澪標のみ)に挑戦しましたが途中で読む気が無くなり、与謝野晶子訳に至っては最初の1頁で断念しました。

 ところが、瀬戸内寂聴訳は現代風で、歯切れも良く明快な文章で桐壺から夢の浮橋まで全巻2回通読しました。これを機に最終的には原語(古文)で「関弘子」の朗読を聞きながら遂に最後まで読み切りました。

 仕事の合間に少しずつ読むので、原文を読破するのに1年以上はかかったと記憶しています。また寂聴さんは「源氏」を題材にした小説や随筆、講演なども多く、他の古典作品にも造詣が深く時間が出来たらもう一度「寂聴ワールド」にどっぷりと漬かってみたいです。(2022.1)