ボデイビルダー女子医学生

鳥取県は島根県とともに山陰地方にあり、両県はド田舎さを競い合っております。昔「秘密のケンミンショー極」というカミングアウトをネタにしたテレビ番組で、島根・鳥取のうち右にあるのはさてどっち?スタバはどちらが先にできたか?など。しかしながら、寒い環境で身体を鍛えられるのが良いのか、結構有名なスポーツ選手を輩出しております。2021年東京オリンピックで日本人初の女子ボクシング金メダリスト、「入江聖奈」さんは米子市出身です。また山陰ではなく広島県出身で現在島根大学医学部医学科の5年生「城谷怜」さんは2022年に行われたボディビルアジア大会で優勝されています。医師のボデイビルダーといえば、山陰ではないのですが、秋田大学病院整形外科医の「浅香康人」氏は2023年ボデイビルダー東北・北海道大会で準優勝されました。両人ともインターネットやスマホでその様子と素晴らしい筋肉美を見ることが出来ます。

医学生でスポーツをやっており将来的にこれを専門に生かそうと考えている人は多く、以前に鳥取大学医学部医学科生でバレエダンサーの「河本龍磨」君を紹介しました。上記の2人のボデイビルダーを含め彼らは医学部で学んだ解剖学、生理学、栄養学などを自身の鍛錬に応用し、さらに患者さんの診療に実践的に生かす構想をきちんと考えています。河本君は将来「スポーツ医」になってくれるようで、鳥取大学への貢献を期待しています。フィットネスクラブで働いている城谷さんは、患者さんが悪くなる前に普段の生活習慣や食事、運動を通して身体作りを指導するべく「予防医学、東洋医学」の分野を目指しているということです。浅香氏は現役整形外科医ですから患者さんへの運動機能に関する診療は言うまでもなく、健康な体と精神力を鍛えたいとのことで、学生時代から今なお柔道に研鑽を積まれているようです。

 今述べた柔道については詳しくないのですが、創始者の加納治五郎氏によると禅の教えが根底にあるとしており、「無心、虚心にして物事に没入する」「適当な機を見て相手の姿勢を崩し、少しの隙でも見逃さない」「対人的には礼儀、親切、尊敬を重視する」などの教義の重要性を強調されています。(2024.2)

ヨーロッパ臨済座禅センターの座禅修行(Wikipediaより)

海外旅行中の病気や怪我

皆さんは海外旅行中に病気や怪我などの身体的トラブルに合ったことはありませんか?この夏に起こった私の悲劇をお話しします。

7月ドイツに行った時のことです。最初ミュンヘンでのオペラ音楽祭に行き、その後ベルリンに飛びました。ベルリンフィルの本拠地の近くの楽器博物館に行って、珍しい古楽器など滅多に見れないので満足して近くのレストランに入りました。シーザーサラダにシュリンプ(海老)にするかステーキにするか迷ったのですが、前日ミュンヘンでは魚介類を堪能していたので肉にしました。その肉が少し固く思い切って噛んだ時口の中で「ぐぎっ」という違和感を覚えたと同時に歯の詰め物(因みに英語でFillingと言います)が取れてしまったのです。

即座にアイホンでDental clinicを調べ(便利ですね!)電話をすると、「分かった。では来週の火曜日に来てくれ」というので、埒があかず翌日ミュンヘンに戻る予定だったので、ミュンヘンでの歯科を調べました。中に「日本語の分かるスタッフがいます」というのがあり、さっそく電話すると「今東京にいるけど、予約しといてあげます」ということで、翌日ちゃんと詰め物を入れてもらい、事なきを得ました。しかしながらその間食事は滅茶不便で水分(つまりビールとワイン)しか喉を通らず、少し痩せたような気がしました。さて料金ですが、海外での医療費はかなり高額だということを聞いていたのでビビッていましたが、海外旅行傷害保険(新型コロナ感染などで帰国できないことがあるので是非入ったほうが良い)の掛け金より少し高かったくらいで、結局利益が出たという結果になりました。(2023.11.10)

バレエダンサーの現役医学生

 今年も暑い夏に悩まされました。年々最高温度が上昇しており日本でも39℃を超える地域が見られたようです。

 そのような過ごしにくい毎日ですが、ちょっと爽やかな話題を提供します。

 現役鳥取大学医学部6年生でバレエダンサーの「河本龍磨」君です。鳥取市出身で、兄と姉がバレエをやっていたことに影響され、彼自身も4才からバレエを習い始めたそうです。メキメキと腕を挙げていき、地元でも有名となり、高校生の時にロシアの有名な国立ボリショイバレエアカデミーに短期留学されています。

 ボリショイバレエはモスクワにあるのですが、サンクトペテルブルクにあるマリインスキーバレエとともにロシアの代表的なバレエ団で、19世紀末にチャイコフスキーが「眠れる森の美女」「くるみ割り人形」「白鳥の湖」という3大バレエを作曲し、20世紀最初にデイアギレフによるロシアバレエ団「バレエ・リュス」が結成され、この2バレエが旧ソ連の黄金時代を築いてきました。ニジンスキー、ヌレエフやバリシニコフ、アンナ・パブロワ、20世紀最高のプリンシパルと称えられたプリセツカヤなど、多くのバレエダンサーが輩出されています。

 このようなところに短期間でも留学された河本君は素晴らしい経験をされたと言えます。バレエ以外でも野球やサッカー、ホッケー、水泳などスポーツには万能であったようで、「スポーツ医学」に興味を持つようになり、その結果鳥取大学医学部医学科に進学されました。医学部に入ってからはさらにバレエに熱中するようになり、解剖学や生理学を勉強するようになってからはバレエをしている時に「この筋肉の作用は?」「骨の動きはどうなんだろう」「この動きをすると怪我をしやすいかな」などを考えるようになったそうです。しかし、こんなことを思いながらバレエを踊っているダンサーがかつていたのでしょうか?ちょっと尋常ではない印象を持ってしまいます。

 医学部に入ると1年生の2019年にはベルギーのアントワープ王立バレエ学校に短期留学され、2019年第29回全国バレエコンクールInNagoyaシニア男性部門優勝、2021年第8回山陰バレエコンクール県知事賞受賞、2022年第25回NBAバレエコンクールシニア男性部門第2位、今年8月11-13日全日本バレエ協会での公演をこなされるなど輝かしい成績を残されています。

 医学部では授業や実習がみっちりあり、病理学や薬理学などの基礎医学、内科学や外科学などの臨床医学等、新しい知識を身につけなくてはいけなく、結構忙しいのですが、どうやってバレエと両立させているのでしょうか。ある時バレエの公演と試験日程が重なってしまいパニックになったようですが、彼の選択は「今回の試験は棄権して、再試験に全てをかける」ということでした。

鳥取大学医学部医学科6年生 河本龍磨君。現役バレエダンサーとして活躍、将来はスポーツ医学を専攻したいとのこと。かつてのロシアのダンサー「ニジンスキー」を彷彿とさせる??。

 彼によるとバレエダンサーにおける運動器の障害は無理な屈曲進展を行うため①足関節、②中趾骨や外頚骨障害、内反小趾などの足部、③腰椎の順に負担がかかるそうです。以前本誌において「演奏家医学」という分野があることを紹介しましたが、バレエダンサーにおける身体の不調を専門に扱った医師はいないため、彼は「スポーツ医学」、特に「ダンサー医学」を目指すということです。

居酒屋では普通の大学生でした。

 以前に紹介したように鳥取大学病院では作年4月に「スポーツ医科学センターTottori University Hospital Sports Medical Center: TSA」が開設されました。アスリートが持つ医学的な問題は、脳・眼・耳・鼻といった神経感覚器の障害、呼吸器、循環器などの内科的疾患、栄養バランス、ホルモンバランス、噛み合わせ、メンタルの不調など多岐にわたります。このような問題に対して迅速かつ専門的なサポートを行うもので、多職種が関わって行くものです。

 河本君にはこれまでの経験と旺盛な探求心を活かし、この分野でしっかり勉強して将来の「スポーツ医学、演奏者医学」の分野で世界を牽引し、コンクールで成績を挙げたように今後素晴らしい成果を期待します。(2023.9.1)

脳死下臓器提供

今年の4月、鳥取大学医学部附属病院で初の脳死下ドナーに対する臓器提供が行われ、提供された心臓は大阪大学医学部附属病院で40代女性に移植されました。鳥取県内での脳死下臓器提供は3例目となり、地元では大きく報道され院内でもそれに関わった部署の方々が表彰されました。このような地方大学の病院においても脳死の判定から摘出、搬送に至るまで殆ど問題なくスムーズな流れで行われました。今後院内体制が拡充されることが期待されます。

1997年に本邦において「臓器移植法」が、2010年に「改正臓器移植法」が施行され、脳死を人の死とすることが法律で定められました。しかしながら欧米のように脳死移植があまねく広がることはなく、肝移植領域では日本においては肝臓の1部を切除する生体部分移植が主流となっています。

米国と日本における脳死と生体肝移植ドナーの割合。米国では圧倒的に脳死肝移植が多い。(日本移植学会ファクトブック2020)

通常、摘出した臓器は血液を洗い流し特殊な潅流液を注入して氷に浸して冷却し保存します。この処置は迅速に行う必要があり、特に肝臓や小腸などは虚血に弱いため、心停止後の保存では臓器の障害が高度となり使用できないこととなります。これに対し、脳死ドナーが極めて不足する昨今では、このようなマージナル(限界)ドナーを積極的に使用しようという試みがなされています。つまり従来の単純虚血冷却法ではなく、常温にて機械にて還流を行いグラフトの改善を待つというもので、例えば取り出した肝臓の肝動脈と門脈にチューブを入れてここから常温の血液をECMOなどにより数時間から数日還流させるものです。電解質や酸塩基平衡、糖分やアミノ酸、脂質なども添加しATPなどのエネルギー代謝面からみても有利となり、胆管から胆汁排出をモニタリングします。今後心停止臓器や脂肪肝、損傷肺などの病的なグラフトをも使用できるというメリットが考えられドナー不足に対する今後の福音となることが期待できます。

アメリカ外科学会ACS雑誌2023より

(2023.8)

「冬眠」と「冬季うつ病」

寒い時期には「冬眠」する動物が多くいます。ウイキペディアによると「冬眠」は狭義には「哺乳類や鳥類の一部が活動を停止して体温を低下させ食料の少ない冬季間を過ごす生態」のことで、広義には「変温性の魚類、両生類、爬虫類、昆虫などの節足動物や陸生貝などの無脊椎動物が冬季に極めて不活発な状態で過ごす冬越し」のことも指します。生体変化としては表のようなものが挙げられますが、極端な例ではある種の亀などでは冬季は完全に身体が凍結されて心拍と呼吸が停止し、春になると復温されて心臓が再拍動するものもいるようです。人間では遭難などで極度の低体温に陥るも1か月近く殆どの臓器の機能停止が起こるがほぼ後遺症なく回復したという事例が幾つか報告されています。特に小児の回復力は強く、これを利用したのが新生児低体温療法です。新生児では周産期に受けたストレスにより容易に重度の精神運動発達障害が後に残ることがありますが、このダメージを最小限に抑え障害を回避する治療がNICU(新生児集中治療室)で行われるようになり、2010年国際蘇生法連絡協議会で標準治療として推奨されました。さらに心臓手術に際して心臓が拍動している状態では手術が困難ですので、心筋への血流を遮断、心筋を冷却し冠動脈から心筋保護液を入れて代謝を押さえ心拍動を停止させることにより、数時間の開診手術などが可能となり術後の障害も最小限に抑えられます。この手技は心臓血管外科の黎明期から研究・開発され、今日の一般治療につながっています。

 

冬眠(無料イラストより)

冬眠中の生体変化

・体温の低下

・活動の低下によるエネルギー消費量の低下

・摂食の中止

・排尿、排便の停止

・心拍数の低下(場合により心停止)

・呼吸数の低下(場合により無呼吸)

最近マスコミなどで「冬季うつ病」という言葉を頻繁に目や耳にします。これは寒い時期に「こたつや布団から出たくない」「寒い時に買い物に行くのが億劫だ」などの寒さへの恐怖や躊躇以外に様々な症状が現れます。「気分が落ち込む。物事を楽しめず気力が減退する。イライラする」など、「一般的なうつ病」と同じ症状が見られますが、「冬季うつ病」では「いくら寝ても寝足りない(過眠。布団から出たくないに関係?)「過食(脂肪を貯め込む)」「体重増加」が特徴とされ、これらは人間における「冬眠」現象の名残だとされています。私も山陰に来てから体重が増えましたが、これは冬季うつ病か単に食材や日本酒が美味しいせいだけかは分かりません。心当たりのある方は、お互い気を付けましょう。

一般のうつ病と冬季うつ病の違い

 

 

一般のうつ病

冬季うつ病

睡眠

 

低下

増加

食欲

 

低下

増加

体重

 

低下

増加

男の恋愛は別名保存、女の恋愛は上書き保存

「カルメン」は男女の異なる恋愛観のため結実しない悲劇、「アイーダ」は時代に翻弄された男女の愛として終わっていますが、恋愛は男と女によって捉え方が違うようです。夏目漱石は小説「明暗」の中で「男の恋愛は別名保存であるが、女の恋愛は上書き保存だ」と言っています。ここで、その違いを生物学的見解から考えてみます。まず受精に際しては何億個もの精子が「戎神社の福男」のように1つの卵子を求めて我れ勝ちに突進しほぼ無尽蔵に作り出される精子をもって「数打ちゃ当たる」的な行動をとるわけです。これに対し卵子から見れば受精できる時期は約1か月に1度の排卵時のみで、しかも一生の間に作られる卵子の数が限られ、年齢も小学高学年から50才くらいまでです。このため卵子は優秀で健康なただ1つの精子のみを待っているわけで、大切な恋愛の時期を守り有効に選択するのです。

このようなことを休み中にぼんやり考えていると、2021年のショパンコンクールで2位と4位を受賞した反田恭平と小林愛美の電撃的結婚が報道されていました。どうやら「できちゃった婚(最近では授かり婚というようです)」のようですが、無責任な憶測はしないようにいたします。

受精に際し、唯1つの卵子に無数の精子が「戎神社の福男」のように突進する。ムーア「人体発生学」より

国際学会

 先日、大阪で国際学会があり久しぶりに出席しました。

 2020年からのコロナ禍のためこの3年間多くの学会はWEB会議となっていました。国内学会はまだ良いのですが、国際会議では時差があるためアメリカやヨーロッパなどでは昼間に開催されているのが、日本では早朝や夜間、ひどい時には深夜になることがあります。

 そういう時に英語を聞き取るのは大変で、ましてや質疑・応答など円滑に出来ようはずはありません。今回の内容は、小児外科における困難な病気の原因や新しい治療に関する話題が多く、3年間でかなり多くの進歩が感じられました。

 とりわけ新しい領域である分子生物学や再生医療を使った新たな治療法の開発などが目を引きました。学会発表においては演者がスライドを使って画像やビデオで実験の方法や結果について発表し、演者同志、或いは聴衆と討論するわけですが、発表手法によっては微妙な解釈の違いなどがあります。

 つまり発表する時は意気揚々としゃべっていても会場を離れて休憩中やレセプションの場などでFace to faceで話すと、「自信が持てない仮説」や「まだ確信的でない結果」など、微妙なニュアンスが伝わってくることがあります。

 やはり医学の進歩にはお互いに徹底的に討論し合う場が必要なのです。また同じような実験をやっていたり興味のある分野においてその権威者と親しくなってメールアドレスを交換して今後の研究に役立てることがあります。私は今回北米やヨーロッパ、イスラエルから来られていた、論文でしか名前を知らなかった数人の権威者と知り合いになりました。またカナダに留学中の日本人の若い医師から早速私宛に「非常に重要な指摘を頂きご指導いただいたことに感謝します」というメールを頂きました。こういうことがあると嬉しいですね!!

 コロナウイルス感染を広げないことは確かに重要なことですが、医学の世界では日進月歩の新たな展開があり、対面での学会は医療者や研究者にとっては極めて重要なことです。英国のチャーチル元首相は第二次世界大戦で最初英国が参戦しなかった根拠として、「目的と手段のバランスが重要である」と言っていました。また私の友人が毎年行っていた健診での内視鏡検査を昨年コロナ蔓延のために自粛したところ、この夏に食道がんが見つかり手術を受けました。幸い治癒切除が可能でしたが、毎年健診を行っていたら化学療法や手術からの回復など、もう少し楽であったかも知れません。

演奏家医学

 クラシック音楽は演奏家によって再現され、我々はその演奏の時間と空間を共有するわけですが(私は一方的に聴いているだけです)、演奏家の抱える様々な身体的、精神的な苦労はあまり理解できていないのが現実と思われます。今回、そのような演奏家を取り巻く医学的な問題を取り上げてみたいと思います。まずピアノや弦楽器を扱う演奏家は手や肩などの運動器に関与する整形外科的、神経学的問題として、手の腱鞘炎、付着部炎、筋肉痛、関節痛、神経障害やフォーカル・ジストニア(意志に反して手が勝手に動いてしまう)が挙げられます。私は大学に入ってからバイオリンを始めたのですがしばらくすると頸椎ヘルニアを患い、神経ブロックや牽引療法などを長年必要とし、その後も長い手術後には首や腕が痛くて困りました。トランペットなどの金管楽器、クラリネット奏者では口唇の損傷や乾燥、歯科的問題が出てきます。声楽では声帯の炎症やポリープ、年令による声域の変化や発声障害が生じます。また全ての音楽家に共通するものにストレスに伴う突発性難聴、メニエール病、過大な音響による耳鼻科的問題や絶対音感のずれ、その他精神的な問題など合併症は数え切れません。ベートーベンが晩年に難聴になったのはおそらく耳硬化症といって鼓膜から伝わった音刺激を伝える内耳にある耳小骨のあぶみ骨と蝸牛管の卵円窓の付着部が骨化して動かなったことによるものですが、音楽との関係や明確な原因は分かりません。また同じ芸術家で画家のゴッホはゴーギャンとの共同生活が破綻し、その結果自分の耳を切り落とす「耳切事件」を起こしていますが、時代の先進をいく激しい芸術家に共通する問題かもしれません。バレエのダンサーはつま先で立って踊るので全体重による負担がピンポイント的に足の指にかかっており、疲労骨折や関節炎、靭帯損傷、アキレス腱の障害などが起こります。以前「ブラックスワン」という映画で主役のナタリー・ポートマン(映画「レオン」でデビューし「スターウオーズ」でアミダラ女王を演じた)がプレッシャーにより徐々に精神が崩壊するバレリーナを演じていましたが、その中でバレエシューズが血に滲んでいくという悲惨なシーンがありました。「1日練習を休めば自分に分かり、2日休めば教師に、3日休めば観衆に分かる」といわれるくらいシビアな世界に身を置いている演奏家は、このような体に不調をきたしても病院にいくと「医師に練習を休めと言われるだけ」と病院にかかりたくなくなり、ますます治療から遠ざかり不調を繰り返す、という悪循環が生まれてしまいます。(202.5)

頸椎に負担がかかるバイオリニスト(ウイキペディア)

つま先立ちで演技するバレリーナたち(「白鳥の湖」ウイキペディア)

 このような演奏家の立場に立った医療が10年以上前から欧米を中心に「演奏家医学Performing Artist Medicine」または「音楽家医学Musician’s Medicine」という学会が開かれており、国際的な医学雑誌「Medical Problems of Performing Artists」も刊行されています。本邦では2004年に「日本演奏家医学シンポジウム」という医療関係者と音楽関係者が一堂に会し演奏者の健康問題を議論する研究会が初めて開かれました。これは日本医事新報(No.4197号:29-31頁、2004年)で詳しく紹介されています(表1)。そして今年の4月から医療関係者と音楽関係者が組織的に議論する場が「日本演奏芸術医学研究会」として発足し、7月に研究会が開かれる予定で興味のある方は参加されたら如何でしょうか(ホームページ参照)。また実際の診療の場として東京女子医大で「音楽家専門外来」が開かれているようです。

留学中の病気

    NIH(米国国立衛生研究所)に留学中の福山医療センター消化器外科加藤卓也先生が、米国の医療事情で困った経験を述べられていたので、私も辛かった経験をお話します。私が留学していたピッツバーグは加藤先生がおられる東海岸のメリーランド州ベセスダからシカゴ方向の内陸部に少し入ったところにあります。先生の手記を読むと私が留学していた30年前と事情はそれほど変わっていないことに今さらながら驚きます。1例を挙げますと、私の長男が当時1才ちょっとでやっと歩き始めた頃に、手足口病にかかってしまったのです。この年代に多く、コクサッキーウイルスなどによる水疱の多発する感染症です。喉や口腔内の炎症がひどくかなり痛く、ミルクは勿論、ご飯(といってもパン食)が食べれないのです。私が勤めていたピッツバーグ小児病院に最初連れて行って知り合いの感染症小児科の医師に診てもらったのですが、キシロカインゼリーのような局所麻酔剤を投与するだけでした。なかなか飲み食いできるようにならず、1-2日後には脱水のため眼球が陥凹し、皮膚もかさかさし始めたのです。それで私が当直している夜に病棟に来させ、看護師さん達に抑えつけてもらってNGチューブ(鼻から胃の中まで通す栄養カテーテル)を入れて、リンゴジュースやミルクなどを注入しやっと改善しました。この時は正規のルートを通さず、勝手に病棟の処置室でチューブや注射器などを使い、看護師さん達に相談すると「Toshi。Never Mind。We saved your kid。(トシさん。気にせんでええよ。赤ちゃんが助かったから、それでええやん)」と言ってくれ、医療費を払わずにヤミ診療をしたというものです。というか、看護師さん達の精算など手続きが邪魔くさかっただけのようでしたが(笑笑)。 加藤先生は同じアパートに耳鼻科の日本人医師が耳鏡を持っておられ助かったと書いておられますが、私は向こうのライセンス番号を持っていたので、病院のPriscription(処方箋)に薬の名前(例えばTylenol:解熱鎮痛薬アセトアミノフェン)とサインをして家で発行していました。ピッツバーグに住んでいる日本人の駐在員さん(SONYやSharpなど)や子供たちが日本人学校で知り合ったご家族の方がひっきりなしに、夜や休日には私のところに来ておられました。病院であればひょっとしたら処方作成料がもらえたかもしれませんが、代りに鹿児島の芋焼酎や青森の地酒、手作りのお寿司を頂き今となってはその方が数段良かったと思います。ある時名前は言えませんが有名な彫刻家が夜中に急にお腹が痛くなってのたうち回っていると電話があり、駆け付けてみると腹部全体が板状に硬く反跳痛があり(腹膜刺激症状)、急いで大学病院のERで知り合いのレジデントにレントゲンを撮ってもらうと、フリーエアーがあり十二指腸潰瘍の穿孔で緊急手術をしてもらったこともあります。個展の前でストレスが高じておられたようですが、ご自慢の彫刻作品を頂き今も大阪の家に置いております。(2022.3)

体温調節

 急に寒くなりました。山陰では季節の変わるのが早く10月末からすでにストーブを出しております。

 今回熱の産生や体温調節について考えたいと思います。寒い環境でじっとしていると「ふるえ」が起こります。つまり骨格筋が細かい周期で律動的に収縮する現象でこれにより熱が発生して体温が保持されるのです。しかし冬眠をする動物などではふるえによらない基礎代謝量を増加させる熱産生があり、特に褐色脂肪細胞がその役割を果たし人間では新生児でのみこれをもっています。肥満などで中性脂肪をため込む白色脂肪組織とは異なり、褐色脂肪細胞は両肩甲骨の間、頸部、大動脈周囲に多く、ミトコンドリアに富み、血管が豊富、交感神経支配が極めて密であり、交感神経系の興奮によりノルアドレナリンが放出され脂肪酸が代謝されて熱を産生します(図)。赤ちゃんは自由に動けないので、いわば天然ダウンベストをまとっているわけです。が、これでは十分ではなく生まれて間もない新生児に手術をした後などは保育器で体温保持を行います(図)。先日NHK、Eテレビ番組「ダーウインが来た」で「カワイイ!動物赤ちゃん大集合SP」を放映しており、西表山猫やハリネズミの親子などを見ていて、同じ遺伝子を持つとここまでフェノタイプ(姿や形)がそっくりになり、親が子を、子が親を識別する能力ができるものだと感心しました。赤ちゃんは親の庇護を受けないと到底生きていくことができず、栄養、外敵からの保護、保温などすべて親に依存し、他からの助けが必須なのです。(2021.12)

白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞

体温保持のための新生児保育器、ラジアントウオーマー
 

低出生体重児

2 021年9月10日に厚生労働省より発表された2020年の人口動態統計(確定数)によれば、日本の出生数は過去最低の84万835人(前年より2.8%減)でありました。また、新型コロナ感染の流行によって妊娠を先送りするカップルや経済的困窮におかれた若い世代の増加、外出を規制する政府や自治体の政策により結婚を希望する人たちの出会いの場が少なくなっているため、2021年以降の出生数はさらに減少することが予想されます。一方、日本小児外科学会の集計によれば、人口の微増に対し出生数は減少していますが、新生児期に手術を受ける患児の数は確実に増加しているという事実が示されております(図)。この理由として、職業を持つ女性が多くなったことなどで結婚や妊娠年齢が高くなり、高齢妊娠やハイリスク出産が増えているため、早産の傾向となり低出生体重児が多くなっていることが指摘されています。過度のダイエットによる「痩せ」やストレス、喫煙もリスク因子になります。

 人口(橙色■)、出生数(緑●)、新生児外科症例数(青■)の推移 (日本小児外科学会全国集計)

 低出生体重児に多い小児外科疾患として消化管穿孔があげられ、これが予後を最も不良にしております。口から食べ小腸の管腔内に入った栄養素(例、グルコース)にはそれぞれ特異的な輸送蛋白(例、Na依存性グルコース輸送体)が上皮細胞膜に存在し能動的に細胞内に取り込み、その後血液中に運ばれます。これに対し小腸内にいる細菌や異物は、腸管上皮のバリアによって血中に入るのを妨げられる機構があり、その1つとして上皮細胞間の間隙にあるタイトジャンクション(密着結合)があげられます(図)。隣り合う1つ1つの細胞自体を密着させるのがタイトジャンクションにおける接着因子と呼ばれる「クローデイン」になります。つまり小腸内には栄養素と細菌叢や異物など、良いものと悪いものが「玉石混交」状態で混在し、生体はその分子をうまく見分け、栄養素を取り入れ不要な物質をシャットダウンする機構が出来ているわけです。ところが、最近の研究によると、低出生体重児では、低酸素症や低血糖、酸化ストレス等の「小胞体ストレス」のためにこのクローデインが正常に機能せず、タイトジャンクションに穴が開いたり安定化するのが妨げられ、結果的にバリア機能が破綻して小腸粘膜の透過性が高まって細菌叢が血中に入り全身感染に至るとされています(FASEB journal, 2021)。

小腸上皮細胞ではグルコースなどの栄養素は細胞膜にある特異的な輸送蛋白を介して吸収されるが、腸内細菌叢や異物はタイトジャンクション(密着結合)などにより血中に侵入するのが防御されている。「細胞の分子生物学」より

 出生動向における上記の日本の状況に関する某新聞の記事によると、イスラエルにおける出生数は多く、1人の女性が生涯に産む子供の数である、合計特殊出生率は過去40年3.0とほぼ一定で世界的に最も高く、2位のメキシコ(2.1)以下を大きく離しています(日本は1.36)。この理由として、ユダヤ民族は長い間離散していた歴史があること、ナチスやソ連での大量虐殺の経験などで、自分と類似のDNAを持つ家族を残そうとする「長年培われた民族の知恵」であるとの指摘があります。またユダヤ系親族の結束の強さで、子供の世話を両親のみに集中するのではなくお互いに助け合うという、昔の日本のように「地域の年寄りが子供たちを集めて遊んだり教育をする」コミュニテイーが基本にあるようです。また新型コロナワクチンを開発したファイザー製薬のアルバート・ブーラCEOは、ナチスによるホロコーストを生き延びた両親を持つということですが、両親からはナチスに対する怒りや復讐心を持つのではなく、どうやって生き延びることを考えたか、その幸運と人生の喜びを常に教えられていたと言っています。失った機能を嘆くのではなく、残った器官や臓器を最大限活用して他の人にできないことにチャレンジするパラリンピックの選手の姿勢に通じるものがあると思われます。(2021.10)

東京オリンピック・パラリンピック

 2021年夏、東京オリンピック・パラリンピックを観ていて、医療者の立場から幾つか感動する場面がありました。まず急性リンパ性白血病を克服してオリンピックに出場した水泳の池江璃花子選手。骨肉腫にて足を切断し義足にてトライアスロンに出場した谷真海選手。小児期におこる癌は成人に比べ極めて稀ですが、白血病や骨肉腫を扱った山口百恵、三浦友和主演のテレビドラマ「赤い疑惑」や阪大病院がモデルとなった吉永小百合主演の映画「愛と死をみつめて」が放映された半世紀前では、致死率が高い悲惨な病気という印象が強かったことと思います。しかしその後、化学療法や骨髄移植、幹細胞移植などの医療が進歩し、今では小児がんの70%は完治する時代になっておりますが、治療中の身体への負担と抗がん剤の副作用との戦いは熾烈なもので、これを克服して大会に臨んだ選手たちの努力には敬服したします。また、先天性四肢欠損症による運動機能障害の部でいくつものメダルを取った水泳の鈴木孝幸選手、戦争の爆撃で四肢を失ったイラクの選手など。視覚障害のサッカー選手は音の出るボールを頼りにプレーをします。音楽の世界では先天性小眼球症で聴覚だけで楽譜を暗記していたピアニストの辻井伸行さんは若干20歳の時にアメリカ、クライバーン音楽祭で優勝されました。我々小児外科医は新生児~小児期に器官や臓器の形成不全のために手術を行いますが、その後の患児の成長や発達能力の凄まじさに目を見張るものがあり、逆に彼らから「元気」をもらい小児外科医のモチベーションになります。さらにパラリンピックで活躍する選手を見ていて、失った機能を他の器官・臓器で代償する人間の能力は計り知れないものがあることが実感できます。いまだに水泳のクロールが全くできない私は、彼らの爪の垢でも煎じて飲みたいです。(2021.9)

脂質代謝

 春はまた、新入社員が入ってくる季節で恒例の健康診断が行われます。健康診断のために1週間くらいお酒を我慢し、甘いものや脂っこいものを控える人がいますが、本来は通常の生活をしているときの状況を把握するのが目的です。図に最近の検査項目別有所見率を示します。何らかの異常所見が見つかった人は半数以上にのぼり、最近微増する傾向にあります。このうち最も多いのは血中脂質異常で約1/3弱の人に見られ、肝機能、血圧、血糖、心電図の異常と続きます。

定期健康診断検査項目別有所見率(森晃爾:産業保健ハンドブックより)

 脂質はエネルギーを貯蔵(中性脂肪)し、細胞膜や脳の構成成分(リン脂質、糖脂質、コレステロール)として、またステロイドホルモンやプロスタグランデインのような生理活性物質など、生体にとって必要な重要な物質です。脂肪(中性脂肪)は、皮下脂肪、内臓脂肪など、健康の大敵のように罵られていますが、これがないと動物は長期の絶食や飢餓に耐えることが出来ません。つまり中性脂肪を蓄えることによって、飢餓に耐える能力を飛躍的に増進したことが、人間を進化させたとも言えます。中世脂肪の化学構造式を見てみますと、グリセロール(グリセリン:3価アルコール)に脂肪酸3分子がそれぞれエステル結合したもので、トリアシルグリセロール(トリグリセリド)とも言います。脂肪酸には飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸(炭素同志が二重結合を形成している)があり、二重結合の部分では折れ曲がる性質を持っています。二重結合が複数あるものを多価不飽和脂肪酸と言い、魚の油に含まれ身体に良いといわれるDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)はこれに含まれます。このうちリノール酸とαリノレン酸は体内では合成されないため、必須脂肪酸と言われます。

中性脂肪(トリアシルグリセロール)の化学構造式(田中文彦:忙しい人のための代謝学)

飽和脂肪酸(左ステアリン酸)と不飽和脂肪酸(田川邦夫:からだの生化学)

 ここで、私の専門に関係ある発生・進化について面白い話を紹介します。かつて大阪大学医学部で生化学の教授をされていた田川邦夫先生には、学生時代再々再追試までお付き合いいただいた(つまり2回試験に不合格になった)のですが、著書「からだの生化学」から興味深いお話を引用します。

 「肉食がサルからヒトを進化させたという説に、生化学的根拠を加えて修正した挿話である」と前置きされたうえで、「動物は必須脂肪酸を合成できないので、直接または間接的にそれを植物から摂取しなければなりません。植物の油脂は種子中に多量に貯蔵されているので、これを摂取すれば必須脂肪酸の欠乏をきたすことはないのですが、サルは草食性なので、全ての必須脂肪酸を植物に依存しています。しかし、サルにとって非常に不都合なことに、多くの種子中にはヒマのリシンや大豆のトリプシンインヒビターのような蛋白性の毒物が含まれております。このためこれを大量に食べることが出来ないので、常に必須脂肪酸が欠乏しがちであります。」

 ここから、サルからヒトへ進化する説が展開されていきます。「しかし、ある時サルの中に肉食をするものが出現しました。このサルは生体膜に富んだ動物の内臓を食べることにより必須脂肪酸を十分摂取することが出来、これが大量のリン脂質を必要とする大脳を発達させる栄養的根拠となった。」というわけです。「大脳の発達した『サル』は火を使うことを知り、種子を熱することにより毒性タンパク質を変性させて無毒化するようになったため、あらゆる種類の種子を食物に出来る」ようになりました。

 サルから突然変異した我々人間は脂肪を取ることにより、大脳が発達してきたようですが、今は逆に生活習慣病で人間が苦しんでおり、この現象は因果応報というか、自然の人間に対するリベンジなのでしょうか。(2021.6)

第32回日本腸管リハビリテーション・小腸移植研究会

 ①2020.3福山➡②2020.3.大阪➡③2020.8.大阪➡④2020.8大阪とWEBハイブリッド

 2020年8月8日、大阪千里中央にて「第32回日本腸管リハビリテーション・小腸移植研究を現地開催とWEB会議併用のハイブリッド形式で主催しました。当初は福山医療センターにて昨年3月に行う予定でしたが、新型コロナ感染の全国的な流行に対して会議やイベントを取りやめる規制が国や自治体から一斉にかかったため一旦中止・延期しました。感染は一旦収束するかに見え順調に研究会の準備を進めていましたが、7月頃より再び陽性者が増えるようになり、現地とWEBでの開催を併用することに四たび変更せざるを得なかったわけです。二転三転した苦労話を聞いてください。

大阪現地での様子。協力頂いた大阪大学小児成育外科の方々と。

 通常、学会・研究会は遅くとも2-3年前から主催者(学会長)が自薦や他薦で決まり、ここから開催日時と場所、テーマなどを決めて行きます。私が今回の主催の推薦を受けたのは2018年の研究会の時で、小児外科井深奏司医師を事務局長として医局秘書の岡佳織さんにも手伝っていただき、翌2019年初めから本格的に計画しました。2019年3月慶応大学における研究会では福山での開催を大々的にアピールし、会員一同鞆の浦での温泉と景勝地を楽しみにされたものです。これらは岡さんが準備してくれました。ところが、その年の秋になって私の鳥取大学への異動が急遽決まり、2020年の3月に大阪で開催することに変更しました。その頃には演題募集やテーマ、招待講演なども決まっており、図4のような看板も既に出来上がっておりました。しかしながら、大阪の会場を押さえ、演題も集まりプログラムもほぼ完成した矢先に、「新型コロナ感染」の騒動で、イベントや集会に対する規制がかかり、やむなく中止、延期しました。その後は上記のごとくで、最初現地開催を予定していましたが、特に東京の人が病院の規制などで動けないということで、現地とWEBのハイブリッドにしたわけです。

最初、福山医療センター主催で行う予定であった。

今回、小児外科、看護部、栄養管理部、薬剤部、臨床心理士、ソーシャルワーカー、リハビリテーション部からの演題発表や参加者を多く得ることが出来、多職種チームによるワークショップを設け意義のある話し合いが出来ました。福山医療センターからは外科病棟の松井みのりさんや小児外科井深先生の発表がリモートで聞けて嬉しかったです。国内における「腸管リハビリテーションプログラム」は、鹿児島市立病院や東北大学、九州大学、大阪大学で既に立ち上がっており、患者登録やガイドライン作成、教育や協力体制の確立など、今後の飛躍が期待されます。また、研究会の奨励賞には福山医療センター小児外科の児玉匡先生の論文が選ばれたことを付記しておきます。

今回新型コロナウイルス感染流行の間隙を縫うようなかなりチャレンジングなものの、会場でのリアルな熱い討論や懇親会での親睦も出来ない白けた研究会になりましたが、考えられる限りの感染対策を行いその結果感染者は発生していません。それよりも逆に新たな知見が多く得られ、新型コロナに対する脅威を遥かに凌ぐ実りの多い研究会であったと思います。県境を越えた移動制限のような根拠のないやみくもな規制をするのではなく、ウイルスの性質に基づく伝搬経路を医学的に緻密に検討し、ピンポイントの対策をすることが本当に必要な政策です。卑近な例では、国内での自動車事故で年間3000人が死亡していますが、自動車を無くせば死亡は無くなりますが、自動車の無い生活は今や考えられず、飲酒運転やスピード違反の取り締まりなどの基本的なルールを守れば、通常の経済活動が成り立ちまた個人の生活も楽しめるわけです。また受動喫煙が原因で国内年間15000人が死亡していますが、他人の煙草の煙を吸わないなどの対策をしております。今年もコロナ等に負けないで頑張りましょう!!

最後に、福山医療センターのスタッフを初め、ご協力を頂いたすべての方々に深謝いたします。(2021.3)

ロボット支援下手術

 鳥取大学病院で行われているロボット支援下手術について紹介します。 ロボット支援といえば、荷物の運搬などを人間の代わりにロボットが行なってくれるものと思われるかもしれませんが、そのようなことになれば我々外科医の生命線が絶たれることになります。ロボット支援下手術の原理は内視鏡手術と同様に、お腹や胸の中を内視鏡で覗きながら、術者が遠隔捜査して手術を進めるというものです。上図は離れた場所で術者が内視鏡で映し出された画像を見ながら手許にあるハンドル操作をするサージョンコンソールを示します。中図は患者さんの側の操作部位で、内視鏡のカメラと実際に使用する電気メスや把持鉗子(組織などをつかむもの)などを挿入するペーシャントカートです。下図のような手術画面を見ながら手術を行います。画像は3次元画面で見え立体的な手技が可能となります。鉗子の先は多関節機能となっており、直線方向の操作しかできなかった従来の内視鏡手術とは異なり、360度どの方向でも操作が可能で拡大視されるため、複雑な剥離(血管などの組織を周りからはがすこと)や吻合(腸などを縫い合わすこと)などで繊細な操作が可能となります。また人間の手の動きがロボットアームに伝わるのですが、手振れがなく安定して手術できます。さらに術者は清潔操作が不要で腰かけて出来るので疲労も少なくて済みます。図2は2つのコンソールシステムで指導者が隣で同じ画面で操作するなど教育体制にも優れております。鳥取大学では2010年に低侵襲外科センターが設立され、2020年8月までに計1330件のロボット支援下手術が行われており、全国でも有数の施設として指導的立場にあります。泌尿器科が最も多くその6割強を占め、呼吸器外科、消化器外科、婦人科、耳鼻科(通常の手術視野では届かないような咽頭などでも比較的容易に出来るようです)、心臓血管外科がこれに続きます。小児外科では体格が小さくあまり普及していませんが、現在臨床応用に向け準備中です。ロボット支援下手術の欠点としては触覚がない、コストが高いなどの問題がありますが、国産の機種が8月に製造販売承認を得ており、価格も1/3くらいに抑えられ今後の普及が期待されます。(2020.10)

サージョンコンソール 
ペーシャントカート

実際に行っている手術の画面

患者呼び出しアプリ「とりりんりん」

今働いているところの鳥取大学医学部附属病院は鳥取県の米子市にあり、県庁所在地の鳥取市とは遠く離れています。今年は暖冬と言われていますが、それでも赴任してから結構な雪が2回積もりました。写真は2月の最初ごろ一晩で50㎝積もっていた時の市役所辺りの風景ですが、慣れない私はびっくりしました。送別会で医療センターの有志から頂いた「長靴」が役立ちました。有難うございます。

鳥取県は島根県と隣合わせですが、どちらも影が薄いため今年の1月ローカル番組の日本海テレビ「カミングアウトバラエティー!!秘密のケンミンSHOW」で、徹底比較する山陰総選挙が開催されていました。「スタバができたのはどっち?」や「大山ラーメン」など、カミングアウト不毛の2大巨頭がたっぷりいじられておりました。考えてみると大学まで毎日朝夕徒歩通勤しており繁華街の中を通って行くのですが、2m以内に人とすれ違うことがほとんどありません。今話題になっているコロナウイルスについては良い環境であり「しえんしえいはえー時に米子にきんさったね」とほめられています。鳥取、島根両県とも長い間コロナ感染者が出現しなかったところ、島根県が先にクラスター感染を発生し、そのあおりをうけて鳥取県でも感染者が出ましたが、現在では感染者ゼロという王者的な田舎「岩手県」に次いで堂々2位の地位を誇り「ざまあみろ」と島根県を蔑んでいるようです。

 米子市は人口当たり医者の数が日本一という病院だらけの町で、福山医療センターと同じ国立病院機構の米子医療センターがあり他に労災病院など、人口15万人の米子市には多すぎると思いますが、このような鳥取県米子市にあって、鳥取大学は患者さんには優しい先進的な医療を行っており、その幾つかを順に紹介します。

今回は、患者呼び出しアプリ「とりりんりん」についてお話します(図2)。大学病院という性格上他病院から「大学病院で詳しく診てもらいましょうね」という、責任の重い紹介患者さんが多く、1人あたりにかける診察、検査、治療時間が長く、どうしても外来待ち時間が伸びてしまいます。患者さんだけでなく医療スタッフにとってもかなりのストレスになりますので、患者呼び出しアプリはこれを解消するために昨年9月から病院全科で取り入れられ、赴任の後私が最も感心させられたアイデアです。具体的に言えば「とりりんりん」というアプリは鳥取大学病院が独自に開発したもので、スマートフォンにダウンロードしておくと、事前に予約している再来患者さんは、駐車場など離れた場所からでも受付を済ますことができ、診察時間が近づくと呼び出しメッセージが届くというものです。病院の半径500m以内は使用可能なので、院内のレストランやコンビニにいてもメッセージが来てから動けば良いわけです。トイレに行っている間に呼ばれたらどうしようと、外来で呼ばれるのや番号表示が出るのをずっと待っているのより遥かに快適と思われます。ただ、残念なことはこの「とりりんりん」それほど利用されていないようで、辛抱強い山陰の方々におかれましては、ほとんどの患者さんはトイレも我慢して、いまだに外来待合で耳をそばだて目を皿のようにして順番が来るのをじっと待っておられるようです。(2020.6)

最近印象の強かった演奏

辻井伸行というピアニストをご存知でしょうか。生まれつきの全視覚障害を持った彼は、おもちゃのピアノを与えられた幼児期から、聴覚だけで音楽を理解かつ演奏し、昨年若干20才の若さで世界的なクライバーンコンクールで優勝をしたのです。スコアを眼で読めないだけでなく、指揮者や他の演奏家とのアンサンブルも聴覚のみで完璧に行ったことは驚異としか言いようがありません。

これに関し思うことがあります。200年に小腸不全の患児に小腸移植を行いましたが、患児は生後より16年間経口摂取がほとんどできなかったため味覚が十分発達していなく、甘い、辛い、酸っぱい などの感覚を獲得するまで約半年かかり、グラフトは十分機能していたのに拘わらず、経口摂取を進めるのに難渋しました。小児期におけるこのような機能の一部が欠損した場合に、その獲得・補充にはかなりの時間と労力を要しますが、反面これまでにそれを補うためにつちかった他の機能は甚大なる力を発揮することとなり、これを伸ばすためには親や医療従事者を含め周囲の人の援助が重要な役割を果たすと思われます。

少子高齢化における小児医療

   ハイリスク妊娠が増加している現状において周産期母子医療センターの担う使命

                         副院長 長谷川利路

 

働く女性の増加、核家族化、女性の無理なダイエット等、女性を取り巻く最近の社会構造の変化によって、高齢妊娠・高齢出産が増加傾向にあります。それに伴い、ハイリスク妊娠(早産等の合併症)も増えています。ご存知のように、日本の出生率(数)は、現在、減少傾向にありますが、前記の理由から、低出生体重児は逆に増加しているのです。結果として、外科手術を受ける患児は増加しています。核家族化と出産後も仕事を継続する女性が多いことから、少ない子どもを、健全かつ安全に育てていくという意識傾向の変化が見られます(グラフ、FMC11月号使用と同じもの)。

 

低出生体重児には臓器の未熟性による様々なリスク因子があります。胎児期からの循環動態が残っている動脈管開存症は心不全を来し、発達障害につながる水頭症、失明リスクがある網膜症は主要なリスクです。これらに加え、肺組織の未熟性による呼吸不全も低出生体重児には認められ、呼吸不全による低酸素血症に対する、酸素投与自体の医療行為も、網膜症を増悪する要因となります。

 

低出生体重児に多く、小児外科医が関わる病気として、壊死性腸炎があります。これは胎児・新生児仮死による低酸素血症や循環不全が大きく関わっており、上記の疾患も含め、ハイリスク妊娠・出産にはMFICU(母体胎児集中治療部)を有する、総合周産期母子医療センター等での適切な周産期管理が必要です。もし消化管の穿孔や壊死が疑われれば腸を切除する手術が必要となり、時に多くの腸が失われることになります。

 

また新生児外科疾患の多くは、胎児超音波検査などで出生前に診断可能です。これによりハイリスク症例は母体搬送され、分娩時期や方法、出生した新生児の蘇生、手術が必要かどうかや時期、方法などをあらかじめ計画できるメリットがあります。重症の新生児外科疾患としては、胎児期からの肺圧迫による呼吸障害を来す先天性横隔膜ヘルニアや嚢胞性肺疾患があります。重症が予測されれば胎児が発育した週数で予定分娩や帝王切開で娩出した後、数分以内に気管内挿管、呼吸循環管理を行った後、安定した時期に根治手術を行います。これは産科、新生児科、麻酔科、小児外科、等で手順を確認し協力体制を組むことが最も重要です。

 

先天的に腹壁が閉じないで腸が体外に飛び出ている腹壁破裂という病気があります。他の合併奇形が少なく、本来予後の良い疾患なのですが、時に胎児期に腸が飛び出た状態で、腹壁が閉じてしまい、腸が短くなることがあります。これは胎児期に頻回にモニターして、閉鎖傾向がみられれば分娩時期を早めると防ぐことが出来ます。この状況や上記の壊死性腸炎では短腸症候群となり、経口摂取が進まないため、長期に静脈からの栄養補給が必要となります。新生児、特に低出生体重児では、高カロリーなどで肝障害を来しやすく静脈栄養から離脱できない場合には小腸移植が適応となり、時に肝移植を同時に行うこともあります。

 

最後に、日本と諸外国における周産期医療の現状を比較してみたいと思います。周産期死亡の指標のうち、乳児死亡率を挙げてみると、新生児、乳児の健康指標であるとともに、地域社会の健康水準を示す重要な指標とされています。2007-8年における乳児死亡率は1000出生あたりアメリカ6.9、イギリス4.8、オランダ4.1、ドイツ3.9、フランス3.6、イタリア3.5と欧米諸国に比べ、日本は2.4と世界トップクラスを誇っており、スエーデン2.5、シンガポール2.6がこれに続きます。さらに上述した小腸移植の適応となる短腸症候群の原疾患は欧米では腹壁破裂が上位を占めますが、日本では腹壁破裂で小腸移植に至った症例は皆無です。また静脈栄養関連肝疾患の発症率も極めて低く、これらは日本における周産期医療の質の高さを示すものと言えます。

今後とも増え続けると予想されるハイリスク妊娠に対し、総合周産期母子医療センターなどに集約した診療体制が望まれると思われます。