クラシック音楽川柳

先日面白い川柳がx(かける)クラシックというFM放送(サクソフォーン奏者上野耕平とモデルの市川紗椰が軽快なトークで司会をする)で紹介されていました。

ばあちゃんは入れ歯でカルメンギター弾く」カスタネットの音を入れ歯で「カタカタ」鳴らし、ギターも弾いてカルメンを演奏しているめちゃポジティブなスーパーグランドマザーがうかがわれます。

現代の石川〇木「たわむれに妻を背負いてそのあまり重きに泣きて1歩もあゆまず

健康的でほのぼのします。

(2024.629)

変わった曲名

クラシック音楽の変わった曲名を集めてみました。

ベートーベン:ピアノ奇想曲「無くした小銭への怒り」

マーラー:歌曲「魚に説教する聖アウグスツス」

サテイ:ピアノ協奏曲「犬のためのぶよぶよした本当の前奏曲」

ロッシーニ:ピアノ独奏曲「ロマンテイックなひき肉」

(2024.3.14.)

小澤征爾死去

今年2月6日 世界の大指揮者「小澤征爾」さんが亡くなりました。

小澤氏指揮の演奏を聴かれた方は多いと思いますが、私が最も印象に残っているのは、ボストン交響楽団を振った「ブラームス交響曲第1番」です。これは1977年にドイツグラモフォンから出た名盤の一つで、NHK-FMで聴いたのですが早速LPレコードを購入し、今でも大切に保存しています。生演奏では2010年8月長野県松本市でチャイコフスキーの弦楽セレナーデ第1楽章だけを指揮されたのを聴いたことがあります(体調不良のため他は山田和樹氏、下野達也氏に交替)。この松本フェスティバルはサイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)が1992年から毎夏行なっていたもので、桐朋学園大学で指揮者斎藤秀雄氏に師事していた演奏家たちが中心に行っており、小澤氏が統括されていましたが、2015年よりこの音楽祭は「セイジ・オザワ松本フェスティバル」に変更されました。余談ですが、斎藤秀雄氏は指揮科の指導教官で、癇癪もちで小澤氏は指揮棒で叩かれたり、楽譜を投げつけられたりを日常的に受け、ストレスで本箱を素手で殴りつけ大怪我をしたことがあったそうです。今では「パワハラ」として、マスコミや父兄会の格好の餌食になるところですが、その斎藤氏を慕って毎年世界中から多くの弟子が松本に集まってくるので、真の意味での「教育者」とは「全ての人に優しく平等に受け入れられる」ようなものではないのでしょう。

小澤征爾氏に関する本を2冊読んだことがあります、1つは村上春樹氏との対談をまとめたもので、文筆家と音楽家という異なる職種の2人ですが、それぞれ超一流の仕事をされており、お互いに共通したものがあることを冒頭で述べられています。つまり、①仕事をすることにどこまでも純粋な喜びを感じていること、②いつまでも若い頃と同じハングリーな心を変わらず持ち続けていること、③仕事遂行において辛抱強くタフで頑固であること、です。

もう1冊は「僕の音楽武者修行」というもので、神戸から貨物船に乗りギターとスクーターだけで単身ヨーロッパに渡り、プザンソン国際指揮者コンクールで優勝してから、カラヤン、ミュンシュ、バーンシュタインに師事し、渡米してシカゴ交響楽団、トロント交響楽団、サンフランシスコ交響楽団、ボストン交響楽団、タングルウッド音楽祭の主催などを経て日本に帰国するまでの生活を記したものです。苦労話でさえユーモアたっぷりに描かれており、小澤氏の音楽に対する熱情が伝わって来ます。

海外渡航については、現在では多くの日本人がかなり自由に諸外国に出かけていますが、文明開化を果たしたばかりの明治時代に、欧米の医学や知識を取り入れようとした、2人の偉大な医学者「森鴎外」と「野口英世」を紹介したいと思います。まず森鷗外は島根県津和野の藩医の家に生まれ、帝国大学(現在の東京大学)医学部を最年少の19才で卒業し、陸軍省から国費留学生としてドイツに5年間留学しています。その後鴎外は陸軍軍医総監に昇進し、人事権を持つ軍医のトップとなる傍ら数々の文学作品を書き、文筆家としても一流の活躍を遂げるのです。しかしながら、学問や芸術を迫害しているとして明治政府に抵抗し、学問の自由研究と芸術の自由発展を妨げる国は栄えるはずがないと一貫して主張しました。ただ、言葉が異なる英国で英文学を学んだ夏目漱石とは異なり、国境のある文学だけでなく鷗外は医学も学んでおり、自然科学は普遍的な領域なので、救われた面もあると思われます。

一方の野口は貧しい農家の長男として生まれ、幼少時に母が目を離したすきに囲炉裏に落ち激しい火傷のために左手が開かなくなったが、後に周りの方々からの支援により外科手術を受け、細菌学者となって大きな功績を挙げるというよく知られた医学者です。我々が小学生の時には偉大な学者という風に教科書で取り上げられ、立身出世してお世話になった周囲の方々に恩返しをするという、ストーリーになっていたと思います。実際にロックフェラー研究所の正所員、各学会の正式メンバー、東大の理学博士、京大の医学博士。各国の栄誉勲章、日本帝国学士院恩賜賞、勲四等旭日小綬章を受け、確かに偉業をなすのですが、そのやり方は偉人伝とはかけ離れたものです。例えば医師を目指す女子学生と婚約し、その持参金を渡航費に当てる、地元の恩師や友人から渡航のために今の価値で何億円も借金をするのですが、そのお金を渡航の前に料亭で飲み食いして散財するなど、数え切れない詐欺のような行為をしているのです。上記の婚約した女性に対して試験の前に頭蓋骨の標本をプレゼントして喜んでもらおうとしたようです。しかし研究に対する情熱はすばらしく、単身フィラデルフィアに乗り込んだ後、ろくに睡眠をとらずに研究、論文執筆に没頭。「科学の世界は何かを得ようと夢見ている時が花で、実際手にしてみるとその喜びは意外と薄いものです。それどころか、1つの目的が達せられると、さらにもう1つと新たな望みが生まれ、さらに自分を苦しめる結果となります。」と後に述懐しています。野口と鴎外はともに苦労をされているのですが2人に共通した点は世間知らずの無鉄砲さにあると思われます。

(2024.3.12)

楽器博物館

ベルリンフィルハーモニーホール近くにある「楽器博物館」。ちょうど人が少なくドイツ観光で穴場の1つでした。バイオリン、ホルン、ハープ、パイプオルガンの初期における原器。

見逃し配信

コロナ対策として、他人と接しないようにという政策がとられて来ましたが、ある番組で「ヒトがヒトと群れる時には脳の報酬系が働き快楽物質であるドーパミンが出て幸福な気持ちになるが、長期にヒトから離れ孤立するとこの報酬系が低下し、対人恐怖が増加する。情報だけを共有しても感情の共有が出来ない」という趣旨のことを言っていました。このことが動物においても実験で証明されたというのです。確かに人間関係を築く上では弊害ばかりのような気がしますが、一方でテクノロジーの発達により極めて便利になったなあと思うことがあります。

その1つが各種学会などにおけるWEB会議と、私にとってはこの上なく嬉しい企画、ラジオやテレビの「見逃し配信」が大きく発展したことです。私はオペラやクラシック音楽ファンなので、これまでは聴けない観れない放送はオーデイオ機器を駆使して「留守録(1週間丸ごと収録する録画機なども出ていました)」に依存していましたが、時に「留守録忘れ」、「放送予定に気が付かない」ことが重なり忸怩(じくじ)たる思いをしたものです。それがこの「見逃し配信」では放送後1週間はいつでも聴けるわけです。例えば音楽番組は「NHKラジオ、らじる★らじる」では無料で1週間のほぼすべての番組が聴け、スマホでアプリを取れば大阪の地下鉄でも山陰本線の鈍行列車の中でいつでも好きな時間に楽しめるという、極めて有意義なものです。他にもNHKプラスではテレビドラマ、植物学者牧野富太郎を扱った「らんまん」「どうする家康」田中みな実主演の「悪女について」(有吉佐和子の原作は読んだことあります)など、どこでも無料で見れるし、他局やBS、WOWOWの番組もOKのようです。

(2023.7)

福山国際音楽祭2023

 先日、福山で国際音楽祭が行われました。作田忠司リーデンローズ館長のご尽力により、指揮者準メルケルや尾高忠明など世界でも屈指の音楽家を呼んでこられ素晴らしい音楽祭でした。ホールの席もゆったりとしており、私が聴いた中では竹澤恭子バイオリンと江口玲ピアノの、特にアンコールで弾かれたビバルディ「四季(一部)」が分厚い響きで、あれほど感銘を受けた演奏も久しく無かったです。

(2023.6)

みなさん 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

昨年クリスマスの時期には山陰地方で2回も大雪に見舞われ不自由な休暇を過ごしていましたが、今回新春に相応しい話題で新しい年を迎えたいと思います。

昨年12月に鳥取市で「Next Generation」という次世代アーテイストを発掘するコンサートが開催されました。対象は鳥取県在住のバイオリンを演奏する中学生、高校生で、難曲に果敢に挑戦されていました。中でも2022年10月に第43回全日本ジュニアクラシック音楽コンクールの弦楽部門で第1位となった米子市淀江中学2年生の坂口碧望さんは、バッハ「無伴奏パルティータ」とモンテイ「チャールダーシュ」を弾いておられました。受賞のことをその直前に新聞で知ったばかりで、目の前で本人の演奏が聴けるとは思ってもいませんでした。その他の演奏家もパガニーニ「カプリス」、サンサーンス「死の舞踏」、モーツァルトやシベリウス協奏曲など、素晴らしかったです。また前月号で紹介した「第九」のコンミスであった、湯淺いづみ(バイオリン)と岸本聖華(ピアノ)、福本真琴(チェロ)による若手アーテイストトリオによる、メンデルスゾーン「ピアノ三重奏」も均整がとれており、しかも情熱的な演奏で感動しました。

2022年12月鳥取市で行われたNext Generation:若きアーテイストたちの夢の響演

音楽関係に限らず若手の活躍ぶりは目覚ましく、12月には日本新聞協会主催第13回「いっしょに読もう―新聞コンクール」小学生部門最優秀賞を鳥取県岩美北小6年生、森川暖人君が受賞していました。5万7千人の応募からの最優秀賞です。内容は「化学物質過敏症」に関するもので、柔軟剤やシャンプーの香りなど、日常ある様々な化学物質に反応して体調を崩すことを調べたものです。将来はこの方面の科学者になるのが夢であると言っており頼もしい限りです。(2023.1)

鳥取大学室内管弦楽団の定期演奏会

 2022年6月11日鳥取大学室内管弦楽団の定期演奏会が米子市で開催されたので紹介します。これは米子キャンパスにある医学部(医学科、生命科学科、保健学科)学生から構成される楽団ですが、鳥取市湖山にある農学部や工学部の学生は地理的に練習に来にくいので、団員数も限られこじんまりしたものです。授業やクリクラに来られていた医学科6年の元コンサートミストレス(ファーストバイオリンのトップ)波田裕理絵さんや、医学科4年生の梁郁弥さん(セカンドバイオリントップで団長、図)と礒邉悠さん(チェロトップ)達に「先生、是非聴きに来てください」と誘われました。「曲は?」と聞くとベートーベンの「エグモント序曲」と「交響曲第5番(いわゆる『運命』)」とのことで、最初「若い故の無謀な連中やなあ」と高を括っていました。ところが、実際に聴いてみるとレベルは非常に高く、現在のコンミス看護学科の昌司澪奈さんを始め、弦楽器奏者は指や弓の動きがほぼ完璧で、木管、金管楽器も端麗でかつ迫力のあるアンサンブルを楽しめました。2020年と2021年は自主的に演奏会を中止。今年やっと開催にこぎつけたもので2年間の無念さをはね返す素敵な演奏会でした。前述の梁郁弥さんは楽団の団長ですがバイオリンを高校から、礒邉悠さんはチェロを大学から始められたとのことで今やそれぞれセカンドバイオリン、チェロのトップ。同じく大学から始めた私とは雲泥の差を感じました。またかつて岡山大学学生時代に全学オーケストラのコンサートマスターをされていた、小児科の難波範行教授は同楽団の顧問を務められており演奏に参加されています。私は前顧問で現在松江医療センター脳神経内科に勤務されている中野俊也診療部長とともに客席で聴いており、公演後はいつも行くお店にて3人で食事をしながらコアな討論会を夜遅くまでやってました。以前同じ店で鳥取大学名誉教授の新倉健というクラシック作曲家の方に偶然に隣合わせになりました。神奈川県生まれで武蔵野音楽大学と大学院で作曲科専攻、1981年に鳥取大学教育学部に赴任され、その後鳥取大学地域学部附属芸術文化センター教授(作曲・指揮)を務められています。日本作曲家協議会、国際芸術家連盟に所属。何故か私のことを知っておられ話が弾みました。このように鳥取県は芸術文化を育む環境にあり、私にとっても音楽仲間が多くて楽しいところになっています。(2022.7)

鳥取大学室内室内管弦楽団の定期演奏会。団長の梁郁弥さん。アンコールの時に「演奏の様子を写メって、SNSなどに投稿してください」と指揮者から要請がありました。

クラシック小噺

 ニューヨークのマンハッタン7番街近くの路上で、ピアニストのアルトウール・ルビンシュタインが道行く人に「カーネギーホールにはどうやって行けば良いのですか」と尋ねられた時こう答えたという。「練習して、練習して、さらに練習してください」。カーネギーホールは言わずと知れたクラシックだけでなくあらゆる演奏家が目指す殿堂ですが、5年くらい前にニューヨークに行った時おのぼりさんの私は「地球の歩き方」に従っていとも簡単に到着できました。(2022.7)

正岡昭先生のこと

正岡昭先生のこと

 私の母校である大阪大学医学部の先輩、正岡昭先生のことを紹介します。阪大の学生オーケストラの指揮者をしておられ、昭和29年卒で私が学生の頃は第一外科助教授(呼吸器グループライター)をされていました。その頃、正岡先生に連れられて「Poco a Poco」というクラブでオペラの稽古に行ったりしました。

昼からビールを飲んで練習するのですが、「蝶々夫人」の静かな場面で、ゲップをこらえきれないクラリネット奏者が、ゲップとともに急にフォルテを出して、台無しになったことがありました。その後名古屋市立大学の教授で赴任されたのですが、定年退官後医学書はすべて処分し医学者としての生活に区切りをつけ、大阪に戻り音楽大学で聴講生となり、残る人生を音楽家として過ごすことを決意されました。

その結果、多数のオーケストラ曲とともに、3つのオペラ「信玄」「「祖国」「世阿弥」を作曲され、自らの指揮で初演を行われました。残念ながら2014年11月に亡くなられ、追悼会では先生の作曲されたオペラがDVDで流され溌剌と指揮をされていた往年の姿を偲ぶ会になりました。

医療センター消化器内科の村上敬子先生は、「音楽は、私の中では息抜きや気分転換ではなく挑戦です。・・・仕事もピアノも時々の初心を忘れず羊が草を食むが如く焦らず諦めずに回り道の人生を歩んでいこうと思っています」と述べておられます。

私は正岡先生のように医学と完全に切り離すことも村上先生のように実学と純粋な芸術を融合するような高度なことはできませんが、私なりに新しいもの、夢に常にチャレンジする精神を忘れないようにしたいです。そして質の高い芸術に接することによって、良いストレスを受け、Physical、Mental、SocialにWell-beingを保ち、残る人生を豊かにしていきたいです。

学生時代に神戸フロイデというアマチュアの合唱団に入って、外山雄三指揮大阪フィルと年末の「第九」でバスを歌ったことがあるので、いつかオペラアリアの1節でも歌えるようになれればと思います。

「芸術は長し。されど人生は短し。」

クラシックソムリエ検定

クラシックソムリエ検定という音楽の知識を試す試験があります。就職などに何の役にも立たないのですが、人前で堂々と「蘊蓄を垂れることができる」という資格が得られます。

先日エントリークラスを受けてきました。100問を60分で4者択1で答えるマルチョイ方式です。

1問10点で1000点満点。900点を取りました。さらにシルバー、ゴールド、プラチナクラスがあり、少しずつ挑戦していこうと思います。

最近印象の強かった演奏

辻井伸行というピアニストをご存知でしょうか。生まれつきの全視覚障害を持った彼は、おもちゃのピアノを与えられた幼児期から、聴覚だけで音楽を理解かつ演奏し、昨年若干20才の若さで世界的なクライバーンコンクールで優勝をしたのです。スコアを眼で読めないだけでなく、指揮者や他の演奏家とのアンサンブルも聴覚のみで完璧に行ったことは驚異としか言いようがありません。

これに関し思うことがあります。200年に小腸不全の患児に小腸移植を行いましたが、患児は生後より16年間経口摂取がほとんどできなかったため味覚が十分発達していなく、甘い、辛い、酸っぱい などの感覚を獲得するまで約半年かかり、グラフトは十分機能していたのに拘わらず、経口摂取を進めるのに難渋しました。小児期におけるこのような機能の一部が欠損した場合に、その獲得・補充にはかなりの時間と労力を要しますが、反面これまでにそれを補うためにつちかった他の機能は甚大なる力を発揮することとなり、これを伸ばすためには親や医療従事者を含め周囲の人の援助が重要な役割を果たすと思われます。

臨床生活におけるクラッシック音楽の楽しみ方

私は学生時代には大阪、神戸、京都を駆け巡り、週に1回以上はコンサートに行っていました。当時お金もなく仕事をして稼げるようになればMcintoshのレコードプレイヤーとアンプを買いTannoyのスピーカーを部屋に揃えるのが夢でした。しかしながら、実際に仕事をし出してからは予定を立てて演奏会に行くのが難しく、特に小児外科医になってからは、録音したカセットテープなどを行き帰りの車の中や医局でひっそりと聴く以外、クラッシックに触れる機会はほぼ完全に奪われてしまいました。それでも最近では、NHK BS などで留守録した演奏を、夜にゆっくり聴くことを楽しみにしています。特に古典の文学作品などを読みながらこれらを聴くことは、優れた芸術品に触れることができ、お金もかけずに高い精神生活を送れるので、生涯の趣味にしたいと思ってきました。

内容は中世音楽から現代音楽まで、あらゆるジャンルに及び、特にモーツアルトやブラームスなど妥当な路線をきましたが、最近はフォーレなどの印象派、マーラーやショスタコービッチなどが好きになっています。もちろん歌謡曲もジャズも聴きますが、私にとって何回聴いても飽きないのはやはりクラッシック音楽です。中でもバイオリンやチェロなど弦楽器が好きで、これらを聴きながら論文を書くと頭の中がすっきり整理され、すごくはかどりました。

日本の小児外科医は仕事熱心で、夜昼なく患者さんのために身を削って働いてこられていますが、その中でも「私の趣味」的な話は多くの方が紹介され、ハードな仕事から解放されて自分らしい時間を持ち、忙しい臨床生活の一方でQOLを高める努力をされておられ、逆にそれが立派な仕事、業績につながっていく話が見受けられます。臨床医の皆さんは登山、サイクリング、写真、釣り、囲碁など、様々な趣味をお持ちのことと思いますが、私は小さい頃からクラッシック音楽が好きで、臨床生活の中でも手軽に、比較的安上がりで親しむことができるため、小児外科の臨床を行いながらこの「ささやかな楽しみ」を取り入れております。

クラッシック音楽が好きで臨床の合間に気晴らしで聴いてきましたが、これからもデスクワーク時等のBGMとして、このスタンスは変わりません(ただし手術中には嫌いな人がおられるかも知れず聴いていません)。またスコアの分析とともに、作曲家のおかれた立場などから曲にこめられた深い感情というものが聴き取れるように解釈をして、器楽曲や交響曲だけでなく、ワーグナーやベルデイの楽劇・オペラ、シェークスピア悲劇やゲーテの戯曲を題材にしたもの等、人生の悲喜劇などを考えながら味わっていきたいです。さらに、シェークスピア劇の歌舞伎仕立てなど斬新な試みにも触れ、また日本の古典「能」などにも西洋クラッシック音楽に共通したものが感じられるので、色々な分野における優れた芸術作品を、これからも貪欲に味わって、末永く楽しんで行けるように努力を続けたいと思います。

クラッシック音楽との出会い

私は小学6年生の時、年末も押し迫った頃に穿孔性虫垂炎で緊急手術を受けました。

当時は抗生剤も良い物が無く、術後1ヶ月あまりも入院をしておりました。
その時ちょうど衆議院選挙の前で、「選挙に行きましょう」というキャンペーンがテレビでやっており、そのバックでNHK交響楽団による「新世界より」の第一楽章フィナーレで トロンボーン、トランペットとシンバルが全開で鳴り響く音に魅せられて以来、クラシック音楽にはまっております。

中学に入りブラスバンドでチューバ、トランペットを、大阪大学ではオーケストラでバイオリンを始めました。
当時の鬼インストラクターから受けた屈辱に私の技術とプライドは木っ端みじんにされましたが、クラシック音楽に対する愛着は日に日に増しており、バイオリンを無理な体勢で弾くため頸椎ヘルニアが後遺症として残っただけでなく、「音楽を聴く耳」がある程度養えたかなと思います。

当時はレコードしかなく1000枚くらい集め、FM音楽をカセットテープに録音して、また大阪、神戸、京都を駆け回り、コンサートに通いました。関西に来た海外演奏家(オペラ以外)はほとんど聴いたと思います。

就職してからは、自分の時間は全くとれず、通勤の車の中でカセットテープと出だしたCDを大音量で聴くしかなかったです。青年時代はバッハ、モーツアルト、中年になるとマーラー、ブルックナー、ショスタコーヴィッチと趣味も徐々に変化しました。

これまでCD 2000枚DVD 2000枚以上収集しました。学生の時にはお金がなく行けなかったオペラに最近はまり、ヴェルデイ、ワーグナーなどの重厚な音楽と歌詞、演劇を伴う総合芸術が、人生の円熟期を迎えた今一番好きなジャンルです。
コンサートも結構良い席で観れるようになりました。