歩こう会 

ぴったりと足に添ひたる古き靴歩こう会の朝晴れ渡る
家並は水の面に明かに映りて春陽原に亘れり
春の陽に我も生れしと思ふ迄芽吹きゐる葉の光りを透かす
自動車のしばらく絶えてたかむらの秀先に映る春陽と歩む
放送の止みたる暫しスピーカーは百の幼の声を伝ふる
村順に並びて列の歩み出ず赤き白きの服に陽の射し
枝朽ちて幹のみとなる松の木の芽吹く若葉の間に立ちぬ
急坂を登りて広き原に出ず幾軒建てる家新たにて
牧草の濃き緑が拡がりて乳牛飼へる小屋をめぐりぬ
うす暗き牧舎に乳牛並びゐてひとつひとつと目を交したり
乳牛の並びて顔を覗かせるうす桃色の鼻と出会へり
登り坂となりて先頭の帽子見ゆ蜿蜒として歩みゆくかな
水気失せ赤くなりゆく松幾つ枯れゆくものに瞳は至る
拡がりし野に点々と家ありて菜の花が見ゆ櫻咲く見ゆ
この山も舗道が着きて好評中分譲土地の看板かかぐ
まだ細き櫻に花の満ちて咲く誰ぞ花枝地に落せるは
水流るかすかな音を聞きゐしが道を曲がりて小川に出でぬ
弁当をもらひ人等拡げゆく野原に食はん笑ひ声挙げ
ここかしこ箸の動ける旺んなり吾もおでんの竹輪ほほ張る
新しき御堂の朱に陽の映えて西中藤治壁に描けり

きらめきて春となる陽の野を亘り万の草の芽地の潜ます
花が咲きてかくもたんぽぽ多かりき風吹くままの野の径つづく
光り恋ふ虫飛び来り瞳を上げて底見ぬ闇の深さに向ふ
青深く澄みてひそまる山池の底見ぬものを瞳恋ひたり
鈴蘭の増しゆく青さ今朝もあり若き葉末に露の光りつ
美しく見ゆる位置迄絵を離るかかる形に人に向はず

たかむらの青新しく澄みとうり通ひ来る風汗を冷せり
青き幹明かに立ったかむらの蔭の下葉のかすかに動く
青まさる新たな竹の抽き出でて秀を初夏の風渡りゆく
額の汗拭ひて冷ゆるたかむらの蔭あきらかに青き幹立つ
天照らす光りの渡り木蓮の真白き花は開き初めたり
陽に透きて蔭も真白き木蓮の仰げる天に花開きたり
雨を避くる偶なる事に寄り合ひてひさしの下のそこはか親し
保険金にて済せてくれと自殺せし同業者を言ひて帰りぬ
鈴蘭の青き葉群は母植えぬ置きたる露の光りふふめり

一夜経て開き切りたるてっせんの青き花ある庭とはなりぬ
わがいのちの在処を問へばはつ夏のさつきの花は陽を返したり
陽に透きし萌ゆる葉群のあさ緑浴びつつ抱く言葉老ひたり
大黄の茎伸び切りて秀の赤く草生は夏に変らんとする
蜜蜂がこぼしおりたる雪柳地しろしろと昏れなずみおり
草葉より滴り落つる地下水に濡れいて夏の山路冷えたり
水を撒く庭昏れてゆき朝顔のつぼみはぐくむ闇が迫りぬ
灼熱の日射しに萎えて垂るる葉の露を置くべき夜が来りぬ
声立てて鵙の去りゆきとたん打つ雨降る音が聞え来りぬ

採りし種子袋に入れて名を記す暫しを暗き処に眠れ
厚くなり光り透さぬ木の下葉吾にはあらぬと通りすぎたり
試験管並べられいて血の立てり互に拒絶反応を秘む
風を吹ひ炎が煽る燃ゆる火の一とき過ぎてしずまりそめぬ
炎が呼ぶ風に炎は逆巻きて煽り狂ひて風を呼び込む
食卓に一人の時の過ぎてゆきガスの炎は透きいて燃ゆる
枝に来て暫く見廻しゐし鵙は動かぬ我に降りて啄ばむ
老人の顔寄せ低く笑ひあり互に病めば時に笑ひて
二杯です小児の如く答へゐる医師の前なる吾がありたり

発想は幼児の如く純ならん青年さやけき眉を上げたり
愛憎もやがて眠りに入りゆかん庭の泉の水も昏れたり
すこやかに腹の空きいて味噌汁の煮ゆるにほひが漂ひきたる
明らか吾の額を月照らし死すべく生まれし虫鳴き渡る
望月の光りに濡れし屋根を指す寄りゐる君の肩の近しも
出張に出でし日付の新聞を拡げしままの部屋に戻りぬ
雨止みし庭となり来て山茶花の花群に蜂飛びまひはじむ
昨夜より細き雨降りふくらめる雫に山茶花のはなびら落ちる
花芯より蜂が出で来て山茶花の紅きはなびら落し去りたり

蝶を呼ぶ密もちたりとこの白く小さき花をながく見ており
ないくせに自慢をすると話しおり怯まぬ心と我は思ひぬ
ダイヤガラス距てて干せる濯ぎものの白さ増し来て雨上るらし
ふかく吸ふ息となる迄すみとうる葉群の蔭に出でて来しかな
枯れて伏す古せに土を肥しゆくわらびか春の光りの亘る
ガラス戸の不意に輝き距て干すシーツに空の晴れて来たりぬ
今日のみのひと日がありて月光は灯り消したる庭に溢るる
藷の葉のそよげは戦に汁の実となしたる味も忘れ果てたり
炎昼に競ひ伸びゐる稲の葉とガラス戸距てて胃を病みており

強き罰当てる王子の大師像バス待つ老婆は詣ずと言ひぬ
おろがみに老婆行くとふ大師像罰を与ふることの強しと
石に像刻みしのみと我の言ふ利けなくなるぞと老婆答ふる
いにしえゆ伝へ来りて罰当ると大師の像に香華新らし
草原に満ちて降りゐる日の光り蝶々は黄の翅をひろげぬ
炎昼の光りを返す黒と金蜂は屋根越え飛びてゆきたり
ろうそくを点さんとして擦るマッチ十三盆夜祖霊の帰る
仰向けに腕を拡げて寝ねたるを暫しの我の領域とする
毒の針もりゐる蜂を産まむべく夏の日射しは地を灼きたり

一本の木に咲きてゐる赤と白原初のさつきのもたざりしもの
死んだ方がましと思ひて急坂のこの山城の石を運びし
保険金かけて殺せしとふ記事を今日も読みおり押れて来りぬ
肝を病む老父の為に身を売りし女の話今はあらなく
銀色に光りて鰯の腹新らし秤の台に掴みのせらる
休刊と知りておりつつ何がなし新聞受を覗き込みたり
新聞の来らぬ今朝の暫くを何なすとなき我となりおり
炎なす夏の真昼を鳴く蝉の命の在処に至りゆくべし
皆我に当てはまる事ばかりにて薬舗の掲ぐビラおびただし

倒産の噂を語りかけてくる声の低きは真実に似て   
五、六人使へる店が危しと危くあらぬか我のめぐりの
売上の去年より減りし決算書亦取出して致方なし
領じるは足の下のみと思ふとき己が歩みに映りゆくなり
石斧に陽の降るさらば縄文のただむき隆く肉の盛りたり
よべの雨流れし跡の道乾き常より白き砂のありたり
        

2015年1月10日