蔵王堂仰ぎて高しこの屋根より義光腹切り臓腑投げたり
腹を切り臓腑を敵に投げつけし気力もちたるいにしへなりき
法螺貝の音轟かせ山伏のこの山坂にひしめきたりし
腕程の太さの葛根飾られて山の深さに思ひの至る
音に聞く大和の吊し小屋掛けて老ひし男が一人ひさぎぬ
国の富傾け帝の詣でしと生きるは誰もおろそかならず
菜畑に唯一匹の蝶をりて飛び交ひもたぬことのさびしさ
前肢を揃へ散歩を待ちてゐる犬よしとしと雨降りつづく
生む雲の白き一すじ飛行機は大きな空を貫きて行く
競ひ合ふ異なる緑に芽の萌し山はひと日のふくらみをもつ
釣りし魚池に戻してかへりゆく程に過せしひと日なるべし
ごみ底をめくれば動くぞうり虫住めば無辺の天地なるべし
差し伸べる天の日差しに紫のリボスの角芽解きゆきたり
露に濡れ りゐる苺篭に盛り一つだけだと言ひて下さる
月光の濡れる下に杉の秀の尖るが黒く並びて澄みぬ
じいさんが要るかも知れぬと置きゐると たる物ら積れてありぬ
山坂に萌ゆる芽並びへとへとに疲れる程の若さが欲しき
花散りてふくらむ小さき実を抱き命は常によろこびをもつ
葛藤の涙を舞ひ終へ舞踏家は両手を拡げ笑みて礼しぬ
竹とんぼ過去へ過去へと飛んでゆきわれに小さき掌ありぬ
頭の上を不意に過ぎたる鳶の影不意と言へるは大きくはやし
日の光り射せる形に花開きひまわり太き茎をもちたり
栃の芽を探す眼に歩みをり天ぷら食べし記憶をもてば
苗植える機械の音の野を渡り養ふ水の満ちて流るる
水圧を耐へ来しものの噴き上がり抜かれし水は流れ出でたり
虫を待つ蛙は窓に止まりをり呼吸に喉の動くのみにて
砥に当てし鋼片火花をはしらせてものを切る刃の形なりゆく
かすかなる波紋ひろがり低く飛ぶつばめは水に翻りたり
拾はんとしたる帽子が亦ころび漫画の人となりて追ひゆく
合槌を打ちし言葉が言葉生み酒飲む席を去りゆき難し
蝉の声空渡りゆきひたすらの声もたざりしわれのさびしさ
田の水に写れる雲の流れゆき早苗は確かな青に根付きぬ
夕されば虫の飛びくる窓となり蛙は昼も動くとはせず