破壊的イノベーション

最近、マスコミなどで「破壊的イノベーション」という言葉をよく耳や目にします。

これはクレイトン・クリステンセンというアメリカの経営学者が提唱し「持続的イノベーション」に対する用語で、主にビジネスマーケットの領域で使われてきました。イノベーションInnovationとは日本語で「革新」と訳されており、新しい技術などの発明を意味します。このうち「持続的イノベーション」とは、簡単に言えば既存の技術などを大まかのフレームワーク(枠組み)は変えずにいわばマイナーチェンジをするものですが、これに対し「破壊的イノベーション」は、概念をほぼ根底から覆すことを指します。昔からコペルニクスの天動説(地球中心説)を覆す地動説(太陽中心説)、フロイトの精神分析法、マルクスの科学的社会主義 アインシュタインの相対性理論など、従来の通念を180度転換する画期的な発想でした。最近ではOpenAIによるChatGPTは、それまでに思いもつかなかった人工知能による生成システムで、これにより我々のデスクワークの多くが恩恵を受けております。

私が中学生の頃に始まった「題名のない音楽会」司会者の作曲家黛敏郎氏は、当時流行っていた「ニューミュージック」のある曲(残念ながら題を失念しました)の楽譜を解析し、これをビートルズの「Yesterday」と比較討論されました。番組では「Yesterday」の最初の数小節はそれまでのとは明らかに異なる斬新なメロデイーであるが、「ニューミュージック」のものは「都はるみ」の曲などこれまでの日本の曲のアレンジに過ぎない。「ニューミュージック」などと命名するのは「おこがましい」と一刀両断に切り捨てられたのです。そのことは黛氏の鋭い視線と言葉からこぼれるキラキラとした知性とともに今でも鮮明に覚えています。

題名のない音楽会」初代司会者 黛敏郎氏 とYesterdayの最初の3小節(Wikipediaより)

似たような経験をお話しますが、私が1990年代にアメリカに留学していた頃はバブル経済が弾けたとは言え日本の力がまだまだ強く、アメリカ自動車産業の半分くらいは日本車が占めるという時期でした。あるアメリカ人の看護師さんから「日本人は外国の模倣ばかりして自国の独特の発明は何もない」と言われたのに対し、この時だけは根っからの「愛国者」になり、ソニー社の「ウオークマン」は画期的なもので市場を席巻していると反論しました。しかしながら、考えてみると当時のテープレコーダーを携帯用に小型化しただけのもので磁気を使って音声録音するテープレコーダーを発明したデンマークのポールセンやフロイメルとは大きな違いがあります。2023年の雑誌Nature誌に「Japanese research is no longer world class — here’s whyという衝撃的なニュースが載っていましたが、日本のシステムの問題だけではないのですが、「破壊的イノベーション」を生み出すような発想の転換や努力などが必要でしょう。

また先日食事会で、ある看護師さんが「連休に東京に○○のコンサート」に行くと言っておられ○○は今流行の男子グループですが、私が知らないことを言うと「長谷川先生、○○知らないんですか。遅れていますね」と反論されたのです。そばに居た医師が「長谷川先生は趣味が高尚ですから」と意味のないフォローをしてくれました。日本人の「同調主義」には勿論良いところもあるのですが、高校生の時にある本で日本人は微分的な発想をするため解析能力が優れている。一方ドイツ人は積分的な発想が中心となり包括的な見方をするということを読んだことがあります。また本誌で私の原稿を読んでいただいているある高名な先生から「長谷川先生は優雅ですね.風流人ですね」とか「よく本を読んでいますね。暇人なんですね」などと言われ、ステレオタイプの分析をし画一的な範疇に分類してしまおうという傾向が、特に学識の高い人に強いように感じます。こういった日本の風潮も関係しているかも知れません。 さて、今年の4月から「医師の働き方改革」という制度が始まりました。医師の健康確保と長時間労働の軽減を目的に、余計な残業を無くし定時に帰れるようにということです。勿論患者さんの容態次第で帰れないということもあるのですが、多くの医師は「学会発表」や「論文執筆」に追われて病院にいる時間が多いのです。時間外にこれらを他から強制的にあるいは自らに課して行っているのですが、このように自分を締め付けないで自由な時間を作って家庭生活や好きな趣味に充てましょうとという風に変われば良いと思います。また先日東京都はカスタマーハラスメント(店員が顧客から受ける暴言や無茶な要求などのこと)の定義付けを行い、全国初の防止条例制定に向けるということです。これを病院に当てはめてみると「モンスターペーシャント」の抑制につながるかも知れず、今後これらの2つの新しい制度によって医師の働く環境や患者さんとの関係も良好に進むことが期待されます。

(2024.5.1)