小児外科医のモチベーション

 先日、鳥取大学医学部学生に対して消化器・小児外科の医局説明会が行われ、私も「小児外科医のモチベーション」について話しました。外科が扱う病気で大部分を占める成人領域の多くの疾患は悪性腫瘍ですが、これとは異なり小児外科疾患の殆どは胎児期における器官形成過程の異常により起こります。つまり最初唯一つの受精卵が分化し各器官に形成されますが、その時の異常が原因で例えば先天性食道閉鎖症は食道と気管の分離不全により起こります。この食道閉鎖症といえば、歌手の椎名林檎さんは生まれてすぐにこの病気と診断され慶応大学病院で手術を受けています。慶応大学に小児外科医がいてすぐに手術したため、命が助かっただけでなく、現在のシンガーソングライターとしての椎名林檎さんがあるわけです。食道の手術後によくある声帯を動かす反回神経の麻痺によって声がかれることもなく、歌手として活動出来ているのです。慶応大学主催の学会の時にゲストとして来られましたが、慶応の小児外科医たちはみんな口々に「私が手術を担当しました」「術後をずっと私がみていたのです」と言うのです。これはすなわち椎名さんの手術に対して自負心や誇りを持っているということだと思います。このように小児外科医はこどもの病気を治すことはこどもの未来をつくる」という重要な使命を持っているのです。身近な例では医学部5年の学生が昔、私が阪大病院にいた時に、動脈管開存症の手術を受けたようで、これがきっかけで医学部を選択したといっています。もう1人の医学生はp63遺伝子(細胞周期やアポトーシスを制御し形態形成に関与する)の欠損による外胚葉系の異形成を主とするEEC症候群を合併し、先天的に両手の第3指が欠損、両足の第2,3趾が欠損、口唇口蓋裂があり、全身麻酔だけでも10回以上手術したようです。彼は幼少時代にいじめにあっていたようですが、「それが何やねん。お前らを見返したるわい」と頑張り現役で鳥取大学医学部に入学され、また高校からバスケットやゴルフをされてきました。小児外科医を目指してくれるようです。

 手術を受けた後成人ならぐったりしてなかなか起きれない、歩けない状態が長く続きますが、小児は大きな手術を受けても術後早期から病棟内をウロウロ動き回ったり、テレビゲームをピコピコやりだしたりして、また成人のように糖尿や高血圧などの他の合併症も少ないため、回復力は極めて強いのです。このような強大な小児の生命力と成長や発達能力の凄まじさに目を見張るものがあり、逆に彼らから『元気』をもらいこれが小児外科医のモチベーションになります。2021年東京パラリンピックにて水泳部門でいくつかのメダルを獲得した先天性四肢欠損症の鈴木孝幸さん、先天性小眼球症による視覚障害のために楽譜を全て聴覚でのみ理解、暗譜し、若干20才にてアメリカ・クライバーンピアノコンクールで優勝した辻井伸行さんなど、「失った機能を他の器官・臓器で代償する人間の能力には計り知れない」ものがあり、若い程その効果がよく発揮されます。さらに上記医学部学生のようにハンデイをはね返し、むしろポジティブに捉えて頑張る「若い力」を育成し、その成長を見届けるのは楽しいし嬉しいものです。

(2023.6)