みかしほの現況

 文明の発生は、都市の発生と共にあり、都市の発展は文明の発展であり、文明は文明と表裏一体の関係にあると思う私は、地方文化の存在の否定者である。勿論私は地方に文化がないというのではない。唯私は、それは中央文化の波及して来たものであり、独自の発展体系をもったものではないと思うのである。地方独自の文化のスタイルは、派及してきた文化が、その地方の風土に相を現わしたものであり、その発展は常に中央よりの刺戟によると思うのである。そして波及してきた文化は情念の中に沈澱し、習性化して維持して来たと思うのである。私はその典型を祭りとその行事に見ることが出来るとおもう。神の言葉は型式化して、そこには飲食と放歌の陶酔があった。アポロ的ではなくしてディオニソス的である。

 短歌が生存の声の表白であるとすれば、それは生きる場所を抜きにあり得ないということが出来る。みかしほはその多くを旧加東郡の人々によって構成されている。旧加東郡は兵庫県の中央部の山間にある小都市の集合地帯である。国際化も未だ及ばず、家族の核分裂化も未だ充分でない。農と零細企業を主体とする家が殆んどである。

 斯かる状況の必然として、謳われている多くは親子、夫婦、祖父母と孫の関り合いの情緒であり、土、亦は手工業に生きる喜びと苦しみである。それは既に封建的感情として、中央に於て克服されたものであると思う。克服されたものとして、うたいつくされた抒情の質であり、発想の類型は否むことが出来ないと思う。私は地方の歌人は殆んど同じ宿命を負うのではないかとおもう。

 生きるとは状況的である。私は封建的残滓を有する社会構造、家族構成からは、血縁、地縁のもつ愛憎から抜け出ることは出来ないと思う。言葉はそこに交され、喜び悲しみはそこに生れるのである。その上に立つことが生きている真実である。そこに自己がある。私は短歌とは自己発見の詩であるとおもうものである。そこに短歌が悟性でなく、理念でなくして、日常生活に地盤を有する所以があるとおもうものである。私達は類型化された世界に執念く対し、言表してゆかなければならないのである。

 人間は言葉をもつ動物である。それによって我々は他の動物を超えたということが出来る。言葉に表わすことは動物的生命よりの、人間の新生である。一極に動物的本能を有し、一極に神的理念を有するものとして、言葉に自己を見ることは慰藉であり、救済である。みかしほは今下部組織として幾つかの小集団をもつ。そしてみかしほは勿論各々月に一回の歌会をもつ。それは勿論作歌修練の場であり、感性陶冶の場であると共に、小地域に生きる共通の情況を確かめ、相互の結合を認め合う場である。それはそのことが封建的であると言い得るであろう。併し私はそれでよいと思っている。それが我々のあり方の露呈なのだからである。私達はそれによって慰藉と救済をもち、五百号出版の偉業をもち得たのである。

 以上述べた所はみかしほの主潮である。而して時代の波は浸々呼々として寄せてくる。新しい感性の芽が幾人かによって萌しつつあるのは頼もしい限りである。それは例えば個を孤独として捉えず、個性として捉えようとする発想である。孤独には世界を失なってゆくものの悲哀と静寂がある。個性には世界に対し、世界を創ってゆく苦しみと歓びがある。併しそれがみかしほを変えるかというと、私は悲観的である。それは中央よりの流入の模倣であって、我々の生活基盤より生れたものではないからである。幾人かが洗練された感性によって、誌面に清新の風を吹かせてくれて、新しい視野を楽しませてくれたらよいと思っている。

 現況を一言で言えば、一小雑誌を囲んでお互いが相手に存在確認を求める場と言い得るであろうか。そして強烈と言えない迄も特異な個性をもった者が幾人か居り、人の目を魅いていると言った所か、それも大枠を出てないように思う。但し取材角度とか発想の清新を外にして、表現的技巧を言えば多士済々である。東京の大短歌集団に対して一歩も引けをとらないと思う。

 一々氏名を挙げ、例を挙げたら所論は更に明確になったと思うが長くなるので省略し た。ともあれ日本歌壇の周辺としての平均的一集団であると思う。

 以上大雑把すぎて現況というのに相応しくないかもしれない。私は報告文を書くのに不適当な人間なのである。私は私の粗文を恥じる。而し指名された方も、自分の不明の責を多少感じて諒とされたい。

長谷川利春「初めと終わりを結ぶもの」